小説<ヒバ山僕シリーズ&ヴァリ山>
気になるあの子は野球少年 後編
 授業が終わりHRを終えて 掃除をする者、部活動へ行こうとする者、家へ帰る前に友人と遊ぶ者。さまざまな背中を見つめ、踵を返すと山本武は田中小雪が待つ屋上へと駆け出して行った。残された綱吉と獄寺はそんな彼を心配し、けれど彼が「自分で何とかするから」と言うならば、その言葉を信じて教室で待っていよう 二人でそううなずきあった。

 屋上で彼女は自分を呼び出した雲雀と対峙していた。移動教室の授業をサボっていたことを、自分のクラスの風紀委員が わざわざ委員長である雲雀に告げ口したのだろう、ご苦労様なことだ。

「授業を受けなかったのは悪かったわ。以後気をつけます。だからもういいでしょ?」

呼び出したくせに何も言おうとしない雲雀に業を煮やして、彼女は雲雀の脇をすり抜けようとした。するとそこに

「ごめんあんたに用があるのはおれなんだ」

少し表情を硬くして 山本武が立っていた。




 雲雀はいつの間にか、その場所から消えていた。

「あたしに一体何の用?」

山本の目はじっと彼女をみつめたままで、こちらがいたたまれなくなってくる。

「俺はさ、真田先輩のことは今でも凄くいい先輩だって思ってるし、田中さんのことだって、本当に悪い人間なんかじゃないって思ってんだ」

口を開いた山本からは、非難する言葉は出てこなかった。

「だってあんた、初めて接触した時以外は、俺に怪我させないようにって ちゃんと気遣ってただろ?」
 
 砂が目に入った時は痛かったけど、腕を引っかかれた時は爪が食い込むほど掴まれた訳ではなく 実際みみず腫れになったくらいで翌日には消えていた。靴に入れた画鋲だって1個や2個ならば知らずに踏んでしまうものを、これみよがしに大量に入れてあるものだから 靴を見た瞬間に解ってしまった。

「なんだかんだ言って、結局人を傷つけられるような人間じゃないんだって、だからあんまり気にしてなかったつもりだったんだ」

 そうして繰り返すうちに、自分自身がしていることに気付いてくれるならそっちの方が良かったのだ。

「でも、その前に 情けないけど俺がまいっちまったみてぇ」

最初の接触から約三週間、一人の人間から向けられる憎しみの感情は山本の感覚を狂わせるのに成功した。

「こんだけ俺を恨んでるんだって。それだけ野球も真田先輩も大事にしてたんだって。そしたらさ、今までだって俺にポジション奪われた奴っていたわけだろ?本当はこんな風に思っていた人間一杯居たのかもしれねぇなって、俺鈍いからそういう気持ちを無視してきたのかもしれねぇんだ。」

「でもさ、それは俺がこれからも背負っていかなきゃなんない気持ちだから、しかたねぇよ。だけどそれとは別にして、俺は田中さんには謝らなきゃいけないんじゃねぇかって思ってるんだ」

山本は田中小雪の顔を見た。あの日から何度も何度も目にしてきた 少しきつめの大きな瞳 目が合うと必ず自分を睨み返してきた勝気な女の子。

「勝負してその結果俺が勝って、真田先輩は部活を辞めるって選択した訳だけど、俺と真田先輩の二人の勝負にあんたは関わる事が出来なかったんだよな。ずっと二人で頑張ってきたのに、辞める時も、あの人一人で決めちまったんだってな」

 ぎゅっと唇をかみ締めて、小雪は涙で揺らぐ目を山本に向けた。



 二年になってエースになった真田が、「今年の一年に凄い奴がいる」と言った。小学生の頃から野球部のエースピッチャーで、野球一筋、たゆまぬ努力をしている彼を見てきた小雪は、その真田が言うくらいなのだから「きっとすごい」のだろう ただそう思っていた。
 真田の試合を見に行って初めて山本を見たとき、こんな子が居るのかと驚いた。練習している時から違うのだ。なんというか、内面から発しているものが、他の部員たちと全然違う。でもなにより驚いたのは、その 人を惹きつけてやまない屈託の無さ。明るくて、自分の能力をわかった上で絶対にひけらかさず、驕ったところがなくて。
(この子本当に中学生なの?)
山本の笑顔を見ながら、この子はいつか真田を脅かす存在になる・・・小雪は肌で感じ取っていた。
 そしてそれは現実になってしまった。「エースはお前だ」そう言って山本に土のついたボールを渡す真田に「どうしてあきらめるの!?あんたの野球に対する想いってそんなもんだったの!?」心の中で何度もなじった。
 それからの真田は無気力を絵に描いたようで、どんなに「気晴らしに出かけようよ」「いい天気なんだからキャッチボールでもしよう」と誘っても気の無い返事をするだけ。
(今まで挫折なんてしたこと無かったんだもん仕方ないよ!だけどもうちょっと休んだら きっと元の真田に戻るよね。)
ずっと影ながら支えてきたのだ、これからだって支え続ける 今は休養が必要なんだ そう言い聞かせて立ち直るのを待っていた。

 8月のある日、珍しく真田が小雪の家に顔を出した。
「キャッチボールしないか」いつもの川原へ連れ立って歩きながら、小雪の胸は躍っていた。
(もう大丈夫だ 真田はまた明日から野球に打ち込むんだ そしてその隣にはあたしがいる!)
黒いグローブをはめて「さ こーい!」真田に向かって大きく手を振る。ゆるく高く孤を描いて落ちてくるボールを 頭上にかざしたグローブで捕ろうとしたそのとき、真田の低い声が届いた

「俺、野球部やめるから」

一瞬にして真っ暗闇に突き落とされた気分だった。

  (なんで?野球大好きなんだって言ってたじゃん)
  (なんで?一昨日から朝、素振りし始めたの知ってるんだよ)
  (なんで?)


 なんでそんな大事なこと、全部自分で決めちゃってからあたしに言うの!?

一緒に頑張ってきたと思ってたのはあたしだけだったの?

全部全部あいつの・・・山本武のせいじゃんか!!


 やり場の無い怒りは全て山本に向けられた。
なんであいつは何も無かったように笑っていられるんだろう。あたしも真田も こんなに苦しんでいるのに。真田はもう山本にリベンジする気力も無くなっちゃったのかな。それならあたしが、あいつを苦しめてやる。あたしたちがこんなに辛い思いをしてるのに 何も知らずに今までと同じように野球が出来るなんて許せない!



「あんたが真田が辞めたのを知っても笑ってるのが許せなかった。少しでもあたしたちの辛さを思い知らせてやりたかったのよ!!」

 大粒の涙を流してその場にくず折れた小雪を、山本はずっと黙って見つめていた。
言いたいことはあったけれど、彼女の気持ちはわかるから。
(俺が仲間と笑って話してるのも、マウンドから球を投げてるとこ見るのも 嫌だったろうな)
だってそれはもう真田には出来ないことだから。
(これが「好き」ってことなんだろうな)
真田の気持ちを自分のことのように考えて、いつだって彼の為に・・・。

「ごめ・・」
「お前が謝る必要は無いんだ 山本」

手を差し伸べて謝罪を口にしようとした山本の後ろにいつの間にか近づいていた、その雲雀の後方から、低くよく通る声がした。

「真田先輩・・・」


「雲雀に聴いた。悪かった山本 俺の知らなかったこととはいえ小雪がお前に嫌がらせしていたなんて・・・」

真田は静かに、俯き、泣き続ける小雪の肩を抱いた。

「それでも こいつがこんな事をしたのは俺のせいだから、責められるべきは俺なんだ」

山本は久しぶりに見る真田が、少しだけほっそりした気がした。

「小雪 俺な、山本との勝負に負けたときわかったんだ。これから何度挑戦したってこいつにはきっと勝てないって。こんな事言ったらなんだけど、エースに相応しい実力が俺よりもずっとあるんだよ。それを思い知らされて、もう辞めるしかないって思った。控えの投手なんて嫌だったんだ・・今までエースだったプライドもあったしな・・・。」

初めて語られる真田の心情に、聞き入った。

「お前に何も言わなかったのは、「言わなかった」んじゃなくて「言えなかった」んだ。泣き言なんて、かっこ悪いとこ見せたくなかったんだ。」

ふるふるとかぶりを振り、田中小雪は真田を涙目のまま睨んだ。

「かっこ悪いなんて何で思うの?あたし悲しかったのに あたしは相談も出来ない頼りない彼女だと真田に思われてるんだって悲しかったのに!」

「頼りないなんて思ってないよ!けど俺だって男なんだから彼女に言わずに決断することもあるよ!大体言ったら絶対心配するだろ?」

「しないわけ無いよ でも言ってくれたら一緒に考えたよ」
「好きなんだから 真田のことすっごく大事なんだから!!」

 何だか痴話げんかじみてきたな・・・雲雀がうんざりしてきたその時、

「真田先輩、田中さん」

山本が二人の方をしっかりと見て言った。

「俺、二人の気持ち受け止めました。「山本に任せて良かった」って言ってもらえるように精一杯野球やっていくつもりです。だから二人には俺のこと見てて欲しい。ちゃんとやってるとこ、見てて欲しいです。」




ーーー俺の全力、受けてください!−−−




そう言って自分に挑戦してきた一年生。

(あのときから お前の真っ直ぐさは変わんないな・・)

負けて物凄く悔しかったけど、こいつになら仕方ない そう思ったのもまた事実で。真田は目元だけで笑うと山本に視線を移した。

「山本俺さ、並盛高校行かないんだ」

「お前頭悪いから絶対並盛高受けるだろ?そしたらまたエースの座 奪われちまうからな」

「え・・・・」
続く真田の言葉に山本は目を見開いた。

「・・・高校入ったら、また野球やるよ。そのために今から受験勉強してるんだ。それで必ずエースになる。そしたら絶対対決しような」

晴れやかな笑顔。

「真田先輩・・・ほんとに?・・・・・・・・すげぇ!」

なんかひどい事を言われた様な気はするが そんな事はもうどうでもいい。また野球をするという、その事実が物凄く嬉しい。

「だから小雪、また俺の練習メニュー考えてくれるよな?」

すぐ側にある彼女の顔を覗き込んで、神妙な顔つきで真田は返事を待った。
田中小雪は怒ったような困ったようななんともいえない顔をしたが、ゆっくりと涙を拭うと

「また一人で決めて、勝手に人に押し付けようとして・・・でもさ、あたし真田の「やっぱり野球馬鹿」なとこが大好きなんだよね」

今まで見た事のないきれいな顔で笑った。

 



「簡単に許しちゃったんじゃないの?」

転倒した際に出来たたんこぶを細く硬い指で撫でながら雲雀が言う。

「別に俺、怒ってた訳じゃないし」

 今日、三年の教室で一人佇んでグラウンドを見つめていた小雪。彼女の目は多分 サッカーをしていた自分ではなく、マウンドで汗を流していた あの日の真田に向けられていたのではないだろうか。

「田中さんてさぁ、ほんとに真田先輩のこと好きなのな」
「ツナたちにこれ以上心配掛けらんないから、はなしつけたけどさ」
「俺、あの人のこと嫌いじゃねぇよ」

後ろからは伺えないが、きっといつもの顔で笑っているのだろう。(お人好しもここまでくれば個性だね)「そういえば」と言葉が続く。

「なぁ、なんで真田先輩連れてきたの?」

話をつけようと思ったのは小雪の方だけだったのに。

「・・・別に。おもしろそうだったから」

口元に笑みをたたえて言う雲雀の真意はわからない。

「・・・俺のために呼んだって思ってても良いよな?ひばりって、やっぱ優しいよ。おもしれーし、何でみんなに怖がられてんのか不思議だよなー」

山本の言葉に少しだけ目を見開いて 驚いたような顔をする。あれ?そんな顔もするんだな。

「・・・君くらいのものだよ 僕を評してそんな風に言うのは」

「そうかな・・・」少し考えて「うん、でもそっちの方がいいかも」そんな言葉がすんなりと出てきた。

「なんで?」



「俺 ツナたちが待ってるから行くな。バイバイひばりまた明日な!」

 そう言っていきなり階段を二段抜かしで駆け下りて、綱吉と獄寺の待つ教室へと二階の角を曲がろうとした山本は 不意に振り返り雲雀に向かって大きく笑った。


「だって本当のひばりを知ってるの 俺だけみたいでうれしーじゃん!!」


まだ階段の途中に居た雲雀の元へ声だけ残して まるで風のように 走り去ってしまった。


 ポツンと取り残されて 山本の声を反芻すると雲雀は思わずその場にへたり込みそうになった。

「うれしーじゃん!」

まだ耳に残る大きく低い声。

「・・・何言っちゃってんの・・・・」



    僕のことを知ってることが嬉しいの?
     ほんとの僕を知ってるのが君だけって事が嬉しいの?



「それって 君は僕をすきだって言ってるようなものじゃないか」


 もっと余裕を持って彼の気持ちをこちらに向けさせていくつもりだったのに。
(君が僕を案外好きだってわかったことが、こんなに嬉しいなんて。まさか僕の方が君に嵌まっていってる?)
 西日がまだ落ちていなくてよかった。今こんな顔を誰かに晒してしまったら、風紀委員長としての威厳も何もあったものじゃない。

「山本武 このお礼は高くつくよ」

 唸るように呟いて、沈む夕日に照らされながら、風紀委員の仕事を全うするために フラフラと雲雀は階段を降りて行った。その後自分がどういう風に帰ったのか雲雀はまったく覚えていなかった。




 今日も山本は大好きな野球に勤しんでいる。10月の大会まであとわずか、一mmたりとも気は抜けない。

「いきなり試合見に行って驚かせてやろうね」

 三年の教室で真田誠と田中小雪がグラウンドで投球練習をしている山本を目を細めて見ていた。



                    おわり

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あきゅろす。
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