小説<ヒバ山僕シリーズ&ヴァリ山>
世界で一番熱い夏  後編
男の手は直も止まらない。
武は目で見える範囲でかわすのだが、どうしても避けきれず頬や腕をかすり、その度に 一年でまた背が伸びてしまった武のためにと父が新調してくれた浴衣が切れてしまう。柔らかな頬は血だらけだったけれど 怪我なんてどうでも良くて、ただ父から娘へのその想いまでをズタズタにされているようで、泣きたくなった。
 男の右手が武の側頭部に当たり、その痛みに視線がぐらつく。

(ごめん親父、浴衣こんなにしちまって。ごめん花、心配掛けちゃって。・・・ごめん雲雀、きっと俺がこんなになってるって知ったら・・・・怒るよね?)

 倒れこみそうになった所を男に支えられる。手を振りほどこうにも、もう立っていられるほどの力も残ってはいなかった。

「ほい一丁あがりぃ!」

歓喜の声を上げながら、男は武を抱えて草むらに分け入っていく。

(せめて、あの子だけでも助けてあげたかったのに・・・・)

 グラグラ霞む視界の中に、怯えて立ちすくむ彼女を捉えたが、どうすることもできずにただ男の手が自分の浴衣の帯に掛かるのを見つめていた。


だが、その瞬間



目の前の男が消えて、阿修羅が立っていた。





「ひいっ!」

「ぐがっっ・・た・・たすけてっ・・!!!」

 

 朦朧とした意識の中に男たちの悲鳴と、棒のようなもので殴る音がする。さっき自分を見下ろしていた阿修羅像だと思った者の正体を見ようと、ぐらつく頭を振って目を凝らすとそこに

「並盛中風紀委員」の腕章が。

(・・何で・・・?)
ぼんやりとした頭で一生懸命考える。

「え・・ちょっと待って・・・」

仰向けにされていた身体を起こして、思わず凝視してしまった。


(あれって)

(もしかして)





「・・ひ・・・・ヒバリーーーーーーーー!??」

 素っ頓狂な声に我ながらびっくりしてしまう。
雲雀は一瞬こちらを「ぎっっ」と音がするんじゃないかと思うくらい睨みつけたが、起き上がろうとする男の一人を見咎めて またその獲物を振り下ろした。物凄い音と共に男の頭が土壌にめり込んだが、雲雀は一向に手を止める様子が無い。

(ちょ・・ちょっとやばいよ相手死んじゃうってば・・!!)

ガツガツと怖い音をたてている雲雀の手元を見ると、相手の血で真っ赤に染まっている。

(だめだよ雲雀・・)

雲雀は怒りで我を忘れたように ただただその手を振り下ろし続けている。

(雲雀の手はそんなことするためにあるわけじゃないだろ?)

 舞っているときの優雅なしぐさ、綺麗、繊細に動く長い指、その手をそんな風に使っちゃだめだ!
 痛む身体を叱咤し、武はフラフラと近づいて、その血だらけのトンファーを震える両手で捕まえた。


「・・・だめだよ雲雀。こいつら殺しちゃったら。」

 
 武の言葉にゆるりと振り返った雲雀が、武を見てまるで自分が痛みを感じているかのような顔をした。武の顔は、既に血は止まっていたが 頬がところどころ切れてしまって真っ赤で、その上浴衣はぼろぼろ、いかにも襲われましたと言わんばかりだった。
そんな武の頬の傷ついていない部分を指先で優しく撫でながら、なおも痛そうな顔で

「どうして僕を呼ばなかった・・・。」

と雲雀が苦しげにつぶやいた。

「君が僕の名前を呼べば、こんな風になる前に必ず僕が駆けつけたのに・・!!」

顔を歪めて 悔しそうに自分に告げるその言葉に、


「・・・ごめん・・」

何故か涙がこぼれた。

「あ・・あれ?・・どうしたんだろ・・・」


  はら はら はら 

 一度溢れてしまった涙はどうにも止めようが無くて
うつむいて拭おうとすると、その手を止められて 雲雀がハンカチを取り出してこぼれる涙にそっと押し当て拭ってくれる。そして小さく、痛みを湛えた声で言った。

「・・・怖かったんでしょ」
(怖かったよ、そりゃ。でも自業自得だし)
「・・・・」

「痛かったんでしょ」
(痛いけど、こんなんはすぐ治るから)
「・・・」

「・・・・何で何にも言わないの?」
(だって雲雀怒ってんだもの)
「・・・・・・・・」


「ほんっっっっと意地っ張り!!!!!!! 」
「わーーーーーーーーー!!」
 
 耳元でおもいっきり叫ばれて耳がキーーーーンってなったところで、雲雀が涙を吸っていたハンカチをいきなり投げ捨てたかと思うと 俺の頬をおもいっきり舐めあげた!



 「ギャーーーーーーーーーーーーーーーーーーxxxxxxxxxxxxxxxっっ!!!!!」




 言葉にならない声をあげ身をよじって逃げようとする武の腰にガッシリと右腕を回し、左腕で小さな頭部を支えながら直も執拗に頬を舐め続ける雲雀に、バタバタと暴れてみるが 一向にやめる気配が無い。恥ずかしさに更に抵抗しようとして、

はたとやめた。


(だって・・・)

 目を伏せて一所懸命に涙を、血を、その舌で舐め続ける。その行為がまるで 小動物が傷を舐めて治そうとしているかのようで、

(雲雀、なんかかわいい)

 その顔を見てしまったら、もう何も言えなくなってしまった。



 あの後、武と七海を襲った男たちは 雲雀の指示により、並盛風紀委員達に警察に突き出されたらしい。

(らしい、というのは俺は雲雀に舐められたショックが強すぎて、雲雀が携帯を掛けたことすらわからなかったから。)

 祭りの会場に戻ることはさすがにできなくて、雲雀と一緒に七海を送りがてら帰ろうとしていたら、半泣きになった花におもいっきり背中を叩かれた。
文句を言おうかと思ったけど、あんなに綺麗に結わえてあった髪がぼさぼさになっているのに気付いてしまって

「ごめん」

と口に出すのが精一杯だった。

 花は、「今度マンゴーパフェ奢らせてやる!!」と泣き笑いの顔で 切り傷だらけの顔を優しく撫でてくれた。
 
竹寿司には雲雀が最初に入った。いきなりこんな格好の娘を見せたら刺身包丁ひっつかんで、相手を殺しに行きかねないって雲雀が言うもんだから。そんで、後から入ってきた俺を見て 親父へたりこんじゃったんだよ。びっくりして
「どうしたんだよ親父!」って駆け寄ったら

親父 涙浮かべてて。

「よかった・・・武に何かあったら・・・かぁちゃんに顔向けできねぇ・・・。」


(ほんとにほんとーに  ごめんなさい。)



 俺も親父の背中に抱きついて、少し泣いた。


 何日か経った後、雲雀から聴いたんだけど、あいつ、あの俺をボロボロにした男 どうやらボクサー崩れだったらしい 道理で強い筈だよなー。

「頼むからもう無茶なことしないでよね。」

 雲雀はため息をつきながら俺を見て言った。おかげ様?であの時の傷はほとんどかさぶたになって
(でも「遠くから見ると猫のひげみたいでかわいいー」なんて笹川にからかわれるのは勘弁して欲しいんだけど)
いる。

(うん、できるだけ しないようにする)

だって、あのとき 俺のせいで誰かの心が傷つくのを俺は知ってしまったんだ。

(それに、もうあんな恥ずかしいのはこりごりだしね・・・)



だから



 俺はにっこり笑って応接室の机にひじをつき、上目遣いに雲雀を見上げて

「今度危なくなった時は、雲雀の名前呼ぶから」

 俺からそんな言葉が出てくると思っていなかったのか、雲雀の目が珍しく見開かれてる。

「あはは ひばり変な顔ー」

 言って俺は笑いながら、部室へ続く廊下を走って逃げた。


  

  

だからさ、お願い。すぐに助けに来てよね 俺のダーリン!






                 おわり

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