小説<ヒバ山僕シリーズ&ヴァリ山>
恋人がサンタクロース(ユニと足長おじさん)
昔、いつも夜にしか顔を合わせることのない不思議な男の人が、クリスマスの日私に言った。
『今夜、夜更け過ぎにサンタが迎えに来るんだ』


しんしんと雪が降り積もる北イタリアの湖畔の一軒家。湖の周囲を取り囲む木々にも白い雪は重なり層を作って、見る人に幻想的な世界をプレゼントしてくれる。


ま、相当な物好きでもなければ、こんな雪男以外は住まないような雪深い山中に、足を踏み入れるようなバカな真似はしないだろうが。


白い雪にも負けないくらい白い生クリームがたっぷり塗りたくられた丸いケーキに、ユニは握る包丁に力を込め、エイヤッと一刀両断。
「すごーいっ!!このケーキ全部食べても良いの?!」
苺がこれでもかと丸い表面を埋め尽くしたケーキは、いつも突然現れる不思議な雰囲気の男が持って来たもの。
「おう!あ、でも俺仕様で、ちょっと甘味が抑えてあるから、ユニの口に合うかなー?」
台所のテーブルに、ユニと並んで座る男は、何がそんなに嬉しいのだろうと思ってしまうくらい、にこやかだ(まあ大概彼は笑っているのだけれど)。


12月24日、クリスマス・イブ。毎年のことだが、ユニの住む家に、待ち望むひとは来ない。
プレゼントをくれるサンタクロースも、パーティーを楽しむ友達も、―――母も(プレゼントは宅配便で送られて来ているらしいが、雪が深いため業者も入って来られずに、麓の宅配便取扱店に雪解けまで預けられている)。
いつからだろうか、諦めてしまったのは。
サンタクロースが架空の人で、母には、自分以上に大切にしなければならない多くの人が居るのだと知ってしまってから、ユニには誕生日もクリスマスも、おおよそ学校のクラスメイトが心躍らせる何もかもが、色褪せて見えるようになってしまっていた。


だけど、この2〜3年は違っていた。


少しだけ遅い時間、数日前に手紙で寄越した通り、その人は窓から入って来た。
腕に提げた袋の中には、リボンの巻かれたターキー、サラミやハムがたっぷり挟まれたブルスケッタ。水筒に入れられたビーンズのスープは鍋で温め直し、茸のグラタンをオーブンで焼いて、星を型どった可愛いクッキーはナプキンに包まれ、ピンクのリボンが。
『メリークリスマス!!ユニ!』
少しお酒の匂いがするけれど、そんなのは全然気にならない。だって、嬉しいんだもの。
クリスマスの夜は、いつもなら眠る時間までいてくれるおじさんおばさんも早く帰ってしまって、寂しいんだもの。


「ユニが、こうして喜んでくれるのって、いつまでかなあ」
薄く切ったケーキを一口で頬張り、後は赤いワインを流し込んでご機嫌な顔をしている男は、頬杖付いて薄く笑う。
「え―――?・・・いつまででも大歓迎ですっ!」
余りに力が入りすぎて、手にしていたフォークがテーブルに当たりガチンと台所を響かせた。
どうしてそんなことを言うのだろう。自分には、今のユニには、目の前の男こそが、淋しく焦がれる日々を明るくしてくれる唯一だというのに。
口を引き結びフォークを握る手をブルブルさせながらユニは男を必死に見つめる。少しだけ驚いたように見開かれた瞳は、直ぐにまた穏やかに細められた。
力の入りすぎた手が、大きく硬い掌に包み込まれる。
「・・・ゴメン。けどな?いつかきっとユニも判るよ。クリスマス、一番大切な人と迎える日が、きっと来る。その人がユニのサンタクロースだ」
ワイングラスを白いテーブルクロスに置いて、男はユニの髪をくしゃくしゃと撫で回す。
優しい手つきが嬉しくて、ユニはくすぐったそうに目を細めた。


その時だった。

「武」
深い海の底を思わせるその声は、しんしんと降り積もる仄暗い夜の森に、更に闇を落とすようだった。
怯え、肩を震わせたユニに、けれど男は『心配ない』とでも言うように、一度優しく額に口付けをして。
「ザンザス!!」
開け放たれた窓から室内に音もなく滑り降りた影の首に、名前を呼ばれた男は腕を回す。それはまるで、テレビの深夜映画で見たワンシーンのよう。
「・・・ガキは目ぇ塞いでろ」
闇を背負った男は、ユニを一瞥し、『武』と呼ばれた男の額に、鼻筋に、唇に幾つもの口付けを落として行った。
現実に情事の場面になど遭遇したことがまだ無いユニは、戸惑いつつもこれが家族や友人間の挨拶などではないと幼い心で悟った。
うつむき、赤くなりながらも、何だか先程の言い種にちょっとカチンと来て、上目遣いに暗闇みたいな男を睨んでみる。
けれど彼の腕の中にいる人が――先程までユニと話し、笑っていた人物が、降り注ぐ口付けの雨を受けるたび、余りにも嬉しそうで・・・恋しそうで。
「あ、ご、ごめんなユニ!え、と、ちょっと久しぶりに会えたもんだからさ」
慌てて離れ、そう言いながら頭を掻いて見せる男の頬は仄かに上気している。
だからユニは判ってしまった。
きっと、彼の一番大切な人はこの人なのだ。とても似つかわしくないように思えるけれど、この優しく不思議な男が心待ちにしていた、たった一人のサンタクロースはこの人なのだ―――と。
胸の奥に寂しさがぽつんと雫のように落ちて波紋を広げて行く。


寂しい、寂しい、寂しい。



ユニは俯いた。母にも、ユニの面倒をみてくれている老夫婦にも、そしてこの人にも、大切に想う人がいる。


私じゃない 私じゃない


どうして私には誰もいないの―――?



いつしかユニの茫然と見開かれた瞳からはポロポロと涙が溢れ落ち、板の床に幾つもの染みを作っていた。
寂しい。こんなに誰かを想っていても、誰も私一人を想ってはくれない―――。
声を荒げて泣くには、ユニは泣き慣れておらず、孤独な寂しさを耐えきれる程大人ではなかった。
「一人じゃねえよ」
ぼやけた視界の側で声が聞こえる。頬を伝う涙が、硬い掌で拭われた。両の頬が包み込まれ、かがみこむ男に優しく抱き締められる。
「そんな風に思うなユニ。お母さんはお前が大好きだ・・・俺だって、ユニが大事なんだからな?いつかユニにも心から大切だって思う人が現れる。・・それまで、母さんや俺がユニを大好きだってこと、忘れないでくれな?」
不思議。優しい笑顔でそう言われると、本当にそうなのかなって気がしてくる。
見上げた人は何故か少しだけ悲しそうな顔をしていた。想いは伝わっただろうか、そんな顔をしていた。だから、
「・・・はい」
まだ涙は止まらないけれど、ユニは懸命に笑顔を返した。きっとあまり良い笑顔ではなかったように思う。だけど彼はいつもと同じように優しく笑って、髪をくしゃくしゃにかきまぜてくれた。
吊りぎみの目尻に反して眉を下げ、困ったみたいに笑う、大好きなその顔で。


「おやすみユニ」
彼は私が眠りにつくまで、ずっと側にいてくれた。彼のサンタクロースも、部屋の壁に背を預け、ずっと私と彼二人の光景を見守っていた(眉間に皺を寄せていたけれど)。
額に温かな唇が降りてきて、「メリークリスマス」と静かな囁きがどこか遠くに聞こえた時にはもう目蓋は落ちていて、二人が窓を開け夜空に飛び込んだところは見逃してしまった。
きっと黒い衣装のサンタクロースは、プレゼントみたいに彼を抱え上げ、空を駆けて行ってしまったのだろう。
ただ疑問に思うのは、あの黒いサンタクロースは贈り物の一つすら持っていなかったように見えたのに、どうして私は彼を『あの人のサンタクロース』だと思ったのだろうか。


そしてその疑問は、あの人が言った通り、やっぱり大人になって理解できたのだ。




針葉樹に降り積もった雪が、重みに耐えかねた枝に振り払われ落ちて行き、下にうずくまっていた雪兎が慌てて逃げて行った。
窓の向こうに広がる宵闇に不安は募る。ガラスに映り込むのは、もう少女とは呼べない程に豊かに髪を垂らした、ジッリョネロファミリーの年若き女ボス。
ユニの目は、外の景色を見ているようで実際は僅かな気配をも逃さぬようにと、精神を集中させていた。どうか早く無事な姿を見せて欲しい。この胸の中の想いを包み込んで欲しい―――。
眩しい光がいくつかパパッと瞬く。ユニの精神世界に入り込んだ気配は、激しい稲光にも似ていた。遠くを見ているようだったユニの瞳は輝きを取り戻し、スカートが翻る。
「姫、ただいま戻りました」
「γ!」
あちら側からドアを開けるより早く、ユニは真っ直ぐな黒髪を靡かせドアノブを捻り、幼い頃からこの胸を占めてきた男にふわりと抱きついた。
「っ姫!ファミリーのボスともあろうものが・・・!」
「し、黙って」
見かけの割に堅い男は、ユニの行動を困り顔でたしなめる。が、誰も見ていないのを良いことに、ユニは桜色の唇をそっと押し付けた。
「ひ、姫?!」
慌てる男に与える微笑は、ジッリョネロの太陽と謳われた母親譲りのもの。もう誰も―――そう、このγにだって何も言わせやしない。
「お帰りなさいγ」
驚いているのか見惚れているのか。腰に回していた手を離されても、ユニから離れる気など一mmたりとも無かった。


そう、今ならばあの人が言った言葉の意味がよく判る。



任務から無事に帰って来たあなたが、私には世界で一番大切なサンタクロース。プレゼントなんて抱えていなくても―――。






おわり
ザン山でユニγ。姫が積極的にならないと、あの人は一生付き人で満足してしまいそうなので(笑)

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