小説<ヒバ山僕シリーズ&ヴァリ山>
双子 山本さんちへ いらっしゃい
梅雨が開けた途端にギラギラ太陽が照りつけ始めた7月半ば、つがいを求めて鳴く蝉の声に響く頭をもたげつつ、誰かさんがいたら鬼の撹乱だと笑い出しそうだと、ザンザスは口にくわえた体温計を忌々しげに目の前に翳した。
「ザンザス?どうだった?」
柔らかい薄茶の瞳が心配そうに覗き込んでくる。何でも無い、と言うには余りにも熱が高過ぎた。



「何でこの人がこの家にいるの」
夏休み前の短縮授業で当然のように早く終わった部活から、どういう訳かシスコン武が妹に先に帰ると言い置いて走り去った後ろ姿を見詰め、おかしいなと思っていたら・・・。
「だってザンザス一人暮らしだからさ、風邪ひいて動けないのに、飯とか困るだろ?」
そんな最もな事、言われなくたって解るけれど。だけどだからといって、ああそうだよね、なんて誰が言うものか。
甲斐甲斐しく頭の下の氷枕を取り替えている武を見れば、どことなく嬉しそうで。
雲雀はこれ以上当てられるのは御免だと、バットとボール模様のネームプレートの掛かったドアを閉めた。


畳敷きの居間と続く小さな台所で夕食の支度をしている、まだ制服姿のたけしの背後からフローリングの床を滑るように近づくと、プツプツ何かが小さく煮立つ音とさりさり小気味良く剥かれて行く林檎の皮。
「ほんと、君たち兄妹って世話好き」
隣に立ち摘み上げた長い皮をぺ、と三角コーナーに捨てて用意されていてた白い皿を渡すと、6切れの林檎が手早く置かれた。
「今日のご飯当番は俺だからご飯作るの当然だろ?武は看病しているし。おかゆや林檎剥くくらいで世話好きとは言わないんじゃね?」
クスクス笑いながらたけしは一人分の大きさの土鍋を出しておかゆを盛り付けると、卵の黄味をひとつ茶碗にかき混ぜて湯気の立つそこへ回しかけるように落とす。
「なんか、妬けるよ」
普通に、家族にするみたいに当然のようにご飯をよそって持っていこうとする。あんな獣を、放っておいてもすぐ風邪なんて逃げて行ってしまいそうなあの男を、家に寄せてあまつさえベッドに食事まで提供して。
「ひばりはザンザスさんの事苦手っぽいよな」
ふわりと自分を見ながら微笑む彼女に、雲雀は少しだけイラつく気持ちをそれでも咬み殺す。
「俺はね、好きだよ」
「・・・!!」
大好きな彼女の口から飛び出した衝撃発言に、雲雀はいつも涼しげな瞳を見開いた。思わず握り締めた手に力が篭る。けれどたけしはそんな雲雀に気付いているくせにちらりとも視線を外すことなく。
「だって、ザンザスさんがいると武が安心してるから」


部活をしているときは頼れる主将の顔、店にいるときは頼もしい跡継ぎの顔、自分と2人でいるときは、やはり兄の顔。家にいるときは、そりゃあくつろいではいるのだけれど―――。でも分かる、ザンザスといると、纏う空気がほんのりと温かくなる。
「ザンザスさんの側にいると、何ていうか・・ポンと身を投げ出してるって言うのかな〜全身で信じきってるって感じでさ」
我が兄ながら、すっごく可愛いのな。
たけしは丸い盆におかゆと林檎、そしてレンゲを置くと、あ、フォークもいるよなとカトラリーの入った引き出しに手を伸ばす。
あんな狼男だけれど、あの武に、人に胸の内を晒す事を善しとしない幼馴染に、そこまで気を許されているのか。そうなるようにあんな男でもそれなりの努力をしているという事なのかと、雲雀はたけしの横顔を見つめつつ思う。
(本当にそうなら、やっぱり少し妬けるかな)
ずっと小さな頃から手を繋ぎ喧嘩して笑いあって来た幼馴染。あんな奴に渡すなんて本当は余り気が乗らないけれど、いつも強がる背中を抱きしめる事ができるたった一人があの男だというのならば、それを武が赦したのならば、仕方が無いなと諦めるしか無さそうだ―――。
台所を出ようとするたけしの腕からお盆をひょいと奪い取った雲雀は、すかさずその陽に焼けた頬を唇でかすめ、僕が持って行くよと廊下を歩いて、ふと立ち止まる。
「でもさ、何で分かるの?武の纏う空気が変わる、なんて」
背後のうっすら赤い顔を伺えば。
「ひばりのばか。俺もひばりといるとおんなじ気持ちになるからに決まってんだろ!!」
なんて返されて。『双子だから分かるんだよ』という双子常套句を当然のように頭に描いていた雲雀は、今この手にあの男のためにたけしが作ったおかゆさえ無ければ、抱きしめてその薄く色付く唇を窒息するくらいの勢いで塞いでしまうのにと、憎々しげな目線で武の部屋のネームプレートを見詰めるのだった。


コンコン。小さくノックしてドアを開けると、先程まで眠っていたはずのザンザスは、ベッド横の武の勉強机の椅子背もたれの上部に、組んだ両腕に顎を乗せ座っていた。薄く開いたドアから中を覗く雲雀の気配を感じ取ったのか、こちらを振り返りもせずに口許に人差し指を立て、僅かに首を傾げる。その方向を見れば。

なんて無防備な寝顔。

ゆっくり近づいて机の上におかゆの乗ったお盆を置き、武の髪を挟んでついと引っ張ってみるけれど全く起きる気配は無く。
「・・・静かにしてなくたって、この分なら到底起きないんじゃないの?」
目を閉じている間に日頃の鬱積を晴らさせてもらったらいいのに。そんな雲雀の軽口に、けれどザンザスは緩く、口端を上げる。
「疲れてんだろ」

昨日マンションへ来て、自分ですら気付かなかった熱を言い当てた聡い子供。ここで寝ているから良いと言う自分に、アンタが良くても俺は嫌なんだと珍しく我が侭な幼子のように駄々を捏ね、無理矢理タクシーに乗せられ連れて来られた。
その後の事は実を言えば殆ど覚えてはおらず、夜中に酷く咽喉が渇いて目を開けると、アイツが当然のように見つめていて。
『水いっぱい飲んで熱出しきっちまおうな。気持ち悪くないか?大丈夫だったら下着替えよう。大分汗かいてるし』
起き上がりグラスに口を付ける。さして冷たくも無いごく普通の水をこんなに美味いと感じたのは初めてだった気がする。額を拭う濡れたタオルが心地良くて、つい目を閉じてしまったら、こら水零れちまうぞと優しげな声が鼓膜を震わせた。
熱に浮かされた体は何度と無く浅い眠りから目覚め、けれどその度に必ず側についている武は律儀にザンザスに声を掛け。
不思議だった。声を聴くたびに何故か安心している自分が。こんなに年の離れた、まだ幼さの残る少年に安らぎを感じる自分が。
まだ子供の癖に大人の自分を懸命に守ろうとする心が愛しくて堪らなかった。


「朝まで殆ど一睡もしていなかったみたいだからな」
そうしてその体で授業を受け、合間に父に連絡を取りザンザスの様子を聞き、しっかり最後まで部活をし。いくら体力が自慢の武でも、そりゃあ撃沈してしまうだろう。
「・・・愛されちゃってるね、とは言ってやらないから」
呑気な寝顔を眺めつつ、雲雀がボソリと呟く。
「他人に言われなくたって自分が分かってりゃ良いだけの話だろ。てか、可愛い幼馴染を取っちまって悪かった、とは俺も言わねえぞ」
武を見詰めて和やかだった筈の室内に、いきなり立ち込める不穏な空気。体勢だけは先程と変わらず、しかしその表情は二人とも、もしも目の前に泣いてる子供がいたら、更に火が着いたように泣き叫び、あまつさえパンツにお漏らししてしまうのではないかと思われる程に凶悪で。


やはりこいつとは気が合わない・・・!!


そんなところだけ共鳴し、顔を背け合い忌々しげに眉をひそめていた二人の背後から、こちらも呑気な来訪者の軽いノック音が聞こえてぎこちなく振り返ると、たけしがひょこりと顔を出した。
「ザンザスさんお粥食べれた〜?」
しかし、机の上に置いてある小さな土鍋の蓋は開いた形跡すらなく。
「・・・あ、れ?何で」
食べないの?と聞こうとしたたけしの口が開いたまま、ベッドに丸まる姿を凝視してわなわなと戦慄いた。
「あ・・・の、たけし?」
どうしたのかと愛しい彼女に掛けた声は、たけしの歓喜の叫びに掻き消され―――


「武可愛いいーーっっ!!」


不穏な空気を払拭する兄大好きたけしの爽やかな、そして腐った叫び声にもぴくりとも反応せず眠り続ける武の側で、がっくり肩を落とす並森最強風紀委員長。それを横目で見つつイタリア人のちょっと、いや大分?人相悪い御曹司はニヤリとほくそ笑む。
「ま、頑張れよ」
「・・・っっ!貴方に言われなくても・・・!」
「あれを何とかしろって言う前に妹ナントカしたほうがいいんじゃねえか?」
「・・・心底ムカつく・・・!」
自分の彼氏と兄の恋人が今にも一触即発の様相を見せているというのに、更に天然たけしは追い撃ちをかけるように。
「わ〜武が何かむにゃむにゃしてるよ〜録画しときたい〜っっ」
そんな彼女すらも愛しいはずの雲雀もとうとうぶち切れて。
「ブラコンも大概にしてよたけしっ!」
「ぶはーーーっっ!いいザマだなぁ色男!!」
「武が毛布に顔すりすりしてるーっっ!」
「たけしーーっっ!!」
「うるせえぞ二階ーーっっ!お客様がいらっしゃるってえのに、静かにしねえかーーーーっっっ!!!」



今日も商店街に竹寿司店主の大声が響き渡り、夕げの買い物客たちは皆一様に振り返る。誰もかれもが笑顔で帰る夕暮れ時、賑わう商店街の中でも一際騒々しい竹寿司―――もとい山本家に



 あなたも来てみませんか?



おわり

山本さんちは今日も大変の続編でした。双子は楽しいなぁ(笑)

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あきゅろす。
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