小説<ヒバ山僕シリーズ&ヴァリ山>
鰤パロ、酔いどれ天使の見る夢は
天空には星が瞬き、今宵もまた仕事に疲れた死神たちが、長い生涯の中、生きている間のせめてもの慰めと酒を煽る時間がやって来る。



1月は正月で酒が飲めるぞー
飲める飲める飲めるぞー
酒が飲めるぞー

「ワォ何その歌。またけったいな歌を仕入れてきたものだね」
「けったいって・・・これなー、現世に行った時ラジオって奴から聴こえてたのな!」
山本武十番隊副隊長は、ついこの間派遣された現世の虚討伐から還ってきたばかりだ。時は現世でいうところの昭和中期あたりで、酔いはするけどお酒大好きの山本は、任務が終わり早く帰還しなければと止める部下を振り切り内緒で仕入れてきた日本酒の一升瓶を片手に、そこでさんざんっぱら聴かされた歌を、同じく五番隊副隊長雲雀恭弥に披露してやっていたのだ。
「ちなみに四月は花見で、五月は田植えだと」
「すごいね、もしかして12月までちゃんとあるとか言う?」
「そ。すげーだろ」
自分が作ったわけでもないくせに、自慢げにふふんと鼻を鳴らしながら、ぐびりと酒を煽る咽喉仏を雲雀はいとおしげに見つめる。雨上がりの土手の草むらに2人で腰掛け、水面をふらふら点滅する黄色い光の幻想的な様を眺め始めてから、もう1時間は経っていた。


山本の隊は現在隊長がいない。前任者は山本が副隊長になったばかりの頃、酔った山本に不埒な真似をしようとして謹慎を言い渡され、謹慎後の初任務で隊を率いて連れ立った虚討伐の最中私用で現場を離れ、戻ってきた際虚に襲われていた部下に背を向け見殺しにして、総隊長より隊長の資格を永久に剥奪された。山本はその虚との戦いの際に、体を虚により乗っ取られた部下を助けようとして逆に太刀を浴びせられ、胸から腹部にかけて今でも大きな傷跡が残っている。それでもほうほうの体で何人かの部下を救い出した山本は、隊長不在となった十番隊で、現在隊長代理として隊を仕切っているという訳だ。
雲雀が山本の体をいとおしむ時必ず触れるその場所を、山本は『俺の勲章』などと言って笑うけれど、雲雀は知っている。
これは戒めなのだ。部下を救うことができなかった不甲斐ない自分への、力の足りなかった自分への。

現在(いま)以上に強くなって、全てを守れるほどの実力を手に入れるまでの―――。

だから、四番隊隊長が傷跡全て取り除く事ができると言うのに、未だに笑って首を振る。しかしやはり戦いの最中ともすれば肌蹴てしまうその場所を、見せびらかすように晒してしまうのには抵抗があるのか、黒装束の胸元は常に真っ白なさらしで巻いてある。


「美味い酒があって、雲雀が隣にいて、命があるなら何の文句があるものか」
「おや、可愛いことを言ってくれるじゃない」
隣で手酌で陽気に酒を煽り続けている山本を見れば、まだ瓶の半分を過ぎた所でしかないというのに、もう既に目許を赤く染めている。そんなに簡単に酔った姿を見せて貰えるほど、心を許されていると言うことなのかと雲雀は内心嬉しくもあるが。
「・・・家においで」
川の流れに杯を傾けつつ蛍を酒の肴に飲むのは風流かもしれないけれど、いかんせん自分はこの男のこういう顔を何処ぞの誰かに見せてやるようなお人よしではない。
「・・何?お誘い?」
長い腕で雲雀の肩にしなだれかかる山本は、酔いも手伝ってぞくりとするほどの色気を放ち、本人にその気が無くとも見る者を誘惑してくれるが、近づけられた顔は背けたくなるほど酒気を帯びていて雲雀は片眉を上げため息をつく。
「まずは家で飲みなおし。山の井の大吟醸が手に入ったんだ」
ぺちりとその腕を軽く叩けば、少しも痛くなど無いくせに『痛えなぁ』なんてケラケラ笑う。
愉しそうな横顔を見詰めながら、いつかこの男に自分は―――現世の人間にとっては気が遠くなるほどの未来、けれど死神の己たちにとって後ほんの僅か――で、また背中を向けなければならないことを考え、その時山本に再び訪れる絶望を思うと自然表情は翳る。
「どうした?雲雀」
そんなことを祈れるような自分ではないけれど、そんな願いを聞き届けて貰えるような人間(死神?)ではないけれど。
「君は、幸せでいて」
「あ〜?」
酔いどれ天使には届かなかったらしい呟きに、一人雲雀は薄く笑う。
「何でもないよ、早く帰ろう。夜は短いんだから」
一升瓶を抱えた酔っぱらいの背中をやんわりと押せば、にしゃりと子猫のように目を細め。
「俺はー」
「え?」
「俺は雲雀がいれば、しあわせー」
酔っぱらいの戯れ言、一蹴してしまえばそれでお終いなのに。
「ばかだね・・」


なぜだか、無性に哀しくて苦しくて―――ひたすらに愛しくて。
けれど先を考えれば、山本を抱き締めることすらできずに、ただ俯いたまま、一升瓶を抱えた千鳥足の手を引いて歩いた。


ねえ君は、僕がどんな事をしでかしたとしても、1年に一度くらいは僕に会ってくれるだろうか。



ごめんね僕の酔いどれ天使



 おわり


まだ尸魂界を裏切る前の雲雀×山本でした。

[前へ][次へ]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!