小説<ヒバ山僕シリーズ&ヴァリ山>
気になるあの子は野球少年  前編
 あの日から、ちょくちょく応接室に顔を出すようになった山本は、今日も今日とて野球部に行って汗を流している。「もうすぐ新人戦がある」という。二年生ながらエースの山本は、毎日一番早く朝練に出て一番最後まで残ってバットを振っていた。(それでも一時練習のし過ぎで骨折してしまってからは、本人曰く「控えて」いるらしい。)

「雲雀も見に来てくれよな!」

 そんな暇ないよ、と続けたいところだけれど その屈託の無い笑い顔を向けられると、どうにも勘が狂ってしまう。
 応接室の窓からは、丁度投げ込みをしている山本の姿が見える。「俺、野球だけは誰にも負けたくねぇんだ!」と豪語しているだけあって、山本はどんな練習も手を抜かなかった。だからこそ、野球の「や」の字も知らない自分にも、その投球フォームはとても美しく見えた。
 1球1球確認しながら、投げ込んでいく。へらへらと笑っている普段の彼からは想像できないような、その真剣な瞳に、また違う楽しさを見つけて雲雀は口元を緩めた。
 と、その山本の前に、いきなり一人の女子生徒が立ちはだかった。

「あぶないっすよ!!投球中に前に出てくるなんてっ!!」

 叫ぶ山本を一瞥して、その女子生徒は何を思ったのかグラウンドの土を掴むと山本に向かって投げつけた。

「うわっ」
「武!?」「大丈夫か!!」

 残暑の日差しを吸った乾いた土は、砂埃となって山本の目をふさいだ。

「ざまあみろだわ!あんたのせいよ!あんたのせいであいつが・・・!!」

目を閉じてうずくまる山本と、呆然と見つめる野球部員たちを押しのけて、女子生徒は素早く走り去ってしまった。

「なんなんだ?」

 気を取り直した部員の一人がつぶやくと、山本と並んで投球練習していたもう一人が言った。

「あれって、真田さんの彼女だろ?」
「真田さんて、夏休み明けから来てないよなぁ。」
「あれ、お前ら知らなかったの?真田さん受験に専念するって、八月一杯でやめたんだぞ。」
 
 一人を皮切りに、話が広がっていく。

「おい、んなこといいから山本保健室に連れてけよ!。」

 三年の部長の言葉に、みな「はっ」として山本を見つめた。山本は目をこすりながら

「だいじょーぶ 俺一人で行けっから、練習続けてくれよ。」

と言うと、ふらりとグラウンドを出て行った。

 夕方も五時をまわったので、見回りのために腰を上げる。応接室の扉を開けると、いつものように草壁が待機していた。
「今日は僕は西棟から回るから、君は東棟のほうへ行って。見回って特に異常が無かったら帰っていいよ。」
草壁は軽く一礼すると、僕とは反対側の階段へ向かって歩いていった。何かあれば携帯へ、もう暗黙の了解となっている。

 西側の階段を降り、体育館へ続く渡り廊下を歩いている途中、グラウンド脇の水飲み場に腰掛けている背の高い影を見つけ 近づいた。

「何してるの。」

はっとこちらを見上げた彼は、なぜか迷子の子供のような顔をしている。夕日に照らされているせいもあるのだろうが、先ほど随分とこすっていた目元が真っ赤で、まるで泣いているかのようだったが、一瞬目を伏せると

「見回りか?いつもごくろーさん雲雀!。」
と、いつもの笑顔で話しかけてきた。
(見間違い・・?)
あまりにも普段と変わらない山本の笑顔に自分の目を疑いそうになったが、一通り先ほどの顛末を見ていたこともあったので、少しは落ち込んでいたのかもしれないな と思った。

「応接室から野球部の練習風景よく見えるんだよね。」

雲雀の言った言葉の意味がよくわからない、といった風情で小首をかしげる山本に雲雀は続けて言った。

「あの女子生徒、3年B組の田中小雪だよね。君、彼女に何かしたの?」

少しだけ山本の笑顔が翳ったのが気になった。けれど山本は

「なんでもねーよ!雲雀が心配するようなことじゃねーって。目ももう何とも無ぇし、俺部活戻るから雲雀も見回り続けてくれよ。
じゃあ 気をつけてな!。」

そう言い残してグラウンドへと走って行ってしまった。
 その後姿を見送って、自分もまた見回りの続きをするために踵を返し体育館へと向かう。
(ねぇ知ってる?きみ、困ったときとか、ほんの少し眉尻が下がってるんだよ)
自分でも少々驚いたけれど、それがわかるくらいには山本に対して他人と違う感情を抱いているようで。

「ま、僕はまだ傍観者でいるつもりしかないけど。」

不審者が居ないことを確かめ、体育館を使用しているバスケ部やバレー部の主将達に部室の鍵の掛け忘れがないように言い渡して、自分の拠点である応接室へと帰って行った。

 山本 武という男は類まれな運動能力を持っている。特に幼少から続けている野球に対する情熱はすさまじく、腕を疲労骨折した際は自殺まで考えたほどだ。周りからは「天性の才能がある」だの「生まれ持ってきた身体能力が違いすぎる」だのと言われるが、当人は周囲に言わないだけで、物凄い努力をしてきた結果だと思っている。

 
 一年の冬休みの部活中のことだった。監督に呼ばれ部室に行くと、3年の(当時2年)エース真田と女房役の田辺がいた。

「明日から山本の球も田辺に受けさせる。4月の大会には抑えで出すからな。その大会の結果如何で夏の大会の主力ピッチャーを決めるから、二人ともそのつもりで練習するように。」

 山本は勝つことに貪欲だ。だから自分が投げさせてもらえると知って、出させてもらえるなら精一杯の力を出そう、監督の心意気に応えようと思った。だが隣の真田の真っ白になるまで握り締められた手を見ると、今自分は何も言ってはいけないと感じた。
 部室から出ると田辺に声を掛けられた。

「あのさ山本、お前はいい奴だし監督命令だから捕るのはしかたねぇけど、俺はあくまで真田の捕手だからさ。サインとか出さねぇから、とりあえず自分で・・」

そこまで言うと、目の前に居た田辺は真田にはじかれていた。

「な 何すんだ真田!」

土の上に尻餅を付いた田辺をきつく見据えた真田は

「わからないか田辺、 これは俺と山本の真剣勝負なんだよ。お前が邪魔する権利なんて無いんだ。」

と、声を戦慄かせた。

「お・・俺はそんなつもりで言ったわけじゃ・・。」

 三人の間に重苦しい沈黙が漂った。田辺の気持ちも真田の気持ちも、同じ野球を愛する同士として痛感していた。

    それでも。

(俺は、この勝負から逃げる訳にはいかない)

 この先、自分が野球を続ける限り、こういったことを避けては通れないことを、山本はよくわかっていた。

「真田先輩、田辺先輩、俺全力でやります。それで敗れたら、また挑戦します。俺の全力、受けてください。」
そう言って自分の後ろの景色が見えるほどに頭を下げた。

 その日から山本は今までよりさらに腕に磨きをかける努力をしたし、また真田も後輩に追い抜かれまいと一生懸命だった。
けれど勝利の女神は山本を選んだ。

「夏の大会のエースはお前だ。」

 震える手で白球を渡された時に、その無念さも受け取った つもりだった。
 しかしその後の真田のやる気の無さは、傍から見てもひどいもので、監督から

「やる気が無いなら辞めちまえ!」

と、怒鳴られることもしばしばあった。
 そして、夏の大会「県ベスト8」の成績を最後に、真田は野球部に顔を出すことは無くなってしまった。

 
 
 悪いことをした、とは思っていない。エースの座を奪った形にはなるが、自分は全力でぶつかって行ったその結果なのだから。
だからといって後味のいいものでもなくて、心の片隅ではいつも気になっていた。

(そうか、真田先輩の彼女・・・)
 
 あの先輩は自分との勝負を受けることになってから部活に顔を出さなくなるまで、一つの嫌味も言ったことは無かったしそういう態度をとられた事も無かった。本当に出来た人だったと思う。
 でも自分以外の、そう彼女には何かを言っていたのかもしれない。

(だからって、やられてやる理由も無いんだけどさ)

 彼のやるせなさを砂に込めてぶつけられた気がして、なんだかとてもせつなくなってしまった。

 
(あーあ 変なとこ雲雀に見られちまったなぁ)

 
 明日も彼女はグラウンドにあらわれるだろうか。もし来たら、真田先輩のことを、どうしているかを、聞きたい。そう思った。


 その日も山本は、綱吉そして獄寺と次の授業のために第二理科室へ行こうとしていた。
 特別教室棟に繋がる廊下を歩いていると向こうの方から女子が駆けて来て山本にぶつかり、よろめきながらそのまま走って行ってしまった。

「大丈夫 山本。」

 綱吉がそう聞いたのは、なぜか山本が女子が走り去った方向をいつまでも見つめていたから。

「ん?ああ なんでもないぜ。いこいこ。」

 綱吉と獄寺の肩をぐいぐいと押して、理科室へと急ごうとする山本。けれど獄寺は、押された肩に置かれている手が冷たくなっているのを感じていた。



「おい野球馬鹿 ナニ隠してやがる。」

 部活へ行こうとした山本が渡り廊下を歩いていると、グランドへ出るドアの所に獄寺が立っていた。

「何のことだ?」

「とぼけてんじゃねーよ!さっきの女、てめぇの右腕思い切りひっかいてったろーが!」
・・残念ながら獄寺には気付かれていたらしい。

「なんでもねーよ!」

 笑顔で言ってみたものの、この友人が素直に騙されてくれないことは明白で。
 あのぶつかった時、とっさに支えようと伸ばした右腕の二の腕部分に思い切り爪を立てられた。そのときになってようやく真田の彼女だと言うことに気付いて、走り去ったほうを振り返ってしまった。(あの時振り返らなかったら、ごまかされてくれたかもしんねーけど)
 普段はあまり親しくするそぶりはないが、なんだかんだ言って心配はしてくれるのだ。

「おめーに何かあると10代目が心配すんだ。」

(うん わかってる)

 ぶっきらぼうに言う獄寺にちょっと嬉しくなりながら

「心配されるようなことじゃねぇんだ。わりいな、これしか言えねぇけど大丈夫だから。どうにもなんなくなったときは相談させてもらうからさ。」

なるべく獄寺を刺激しないように言葉を選ぶ。

「ばーか、どうにもなんなくなってからじゃ おせーだろーが。」

 俺の頭をこづいて、獄寺はこの場を後にして行った。

(ごめんな 心配してくれんのはありがたいんだけどさ、このことに関しては俺にもどうしたらいいって、明確な答えがあるわけじゃねぇから、しばらく様子を見たいんだよ。)

 

 真田さんが彼女にそうすることを望んでいるのだろうか。いや、そんな人ではない。なら彼女の単独行動だとすれば、彼のためにそこまでするのはどうしてか。

(まだるっこしいことしないで、呼び出しでもしてくれりゃ行くのに。)
 
 10月の大会に向けて集中したいのに。こういうとこ女って難しいな。女心どころか、「人を好きになること」自体にまだまだうとい山本は、こきり、と首を鳴らすと部室へと歩いていった





          

                                             

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