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33.君の心の雨がやむまで (wパロ小説・ヒバザン山+浮竹)沢木
白く長い髪がふわりと舞った瞬間、駆け出していた。十三と描かれた隊首羽織が地に着かないうちに背を抱き止めたのは、十番隊副隊長山本武だった。


 “雨の乾く場所”と書くこの部屋は、十三番隊の病持ちの隊長が伏せる為に特別に誂えられたのだと誰かから聞いたことがある。病弱で床に就く事が多い生真面目な隊長が、外の物音に己の体の不甲斐なさに心痛めぬよう、せめて静かに休んでいられるようにという心遣いなのだろう。
山本は初めて入ったそう広くはない室内を、ぐるりと見渡した。文机と来客用の数枚の座布団の他は、衣紋掛けに掛けられた替えの隊首羽織、そして白く清潔そうな布団に横たわる、青白い唇の端に拭い切れなかった吐血の名残が窺える白い男のみ。
確かにここには、ごうごうと唸りを上げて降る表の雨音は僅かしか聞こえては来ない。襖を隙間なく閉じてしまえば全くの無音状態になりそうだが、山本は換気の為に少しだけ――ほんの、三センチ程度だけ開けていた。目の前に横たわる、なにもかもが白い印象の男を染めた、彼自らの鮮血の残り香で、男の夢見が悪くならないように。
(体、弱いのに)
無理を重ねた上に心労も祟ったのだろう、と診療に馳せ参じた卯の花は言った。黒崎達がソウルソサエティに来た、あの非常召集時も、この人は具合が悪く床から起き上がれずにいたと聞く。それを病を押して自分の部下である朽木ルキアの為に奔走し、恩師であり父とも慕う山本総隊長と対峙して、あまつさえ後始末までとなれば体が異常を訴えるのも当然だ。
それに比べれば自分など、たかが幼なじみが一人、この場所から居なくなってしまっただけ。―――それだけだ。
「・・・山本?」
細い声が鼓膜を震わせ、山本はぼんやりした脳裏を埋めていた人物を、意識から締め出した。薄く目を開いた男の、くっきりとした眉だけが黒く凛々しい。他はこのまま消えてしまうのではないかと思えるほどに儚げに映ってしまう・・・とくに、顔色を無くし白い布団に横たわっている今は尚更。
「気付かれましたか、浮竹隊長」
少しだけ姿勢を前傾にすると、怪訝そうに何度も瞬きを繰り返している。それは『何故この男がここにいるんだろう』と思案しているように見えて、山本は何とはなしに頬笑んだ。いつも飄々とした風のような隊長が、頬を緩ませてしまう理由が解る気がして。
「浮竹隊長が倒れた所に居合わせたんですよ。で、慌てて浮竹隊長を担いで十三番隊舎に来たら、隊長を連れて来てくださった方をそのまま帰したりできませんっ!!っつって連れ込まれて風呂まで頂いちゃって・・ついでに死覇装がびしょびしょだったもんで、乾かしてもらってました・・あ、そうだ」
山本は先程浮竹が目を覚ましたら飲ませるよう卯の花が置いて行った薬の包みを自分の手に乗せて見せた。
「大分疲労がたまっているようだから、当分安静だそうですよ」
先程浮竹親衛隊・・・もとい十三番隊第3席虎徹清音が『死覇装が乾きあがるまで、これでも飲んでて下さい』と置いて行ってくれたお茶を湯飲みに淹れて薬と共に差し出すと、浮竹が嫌そうに眉を潜めた。
「また苦いんだろうな〜」
もう何百年と生きているだろうに子供みたいに口をへの字に曲げてみせる浮竹が何とも幼く見えて、山本は苦笑する。確かに可愛い人だ。とても自分よりウン百歳も年上とは思えない。
「な〜に言ってんすか!こんなもん“かーっ”と口に突っ込んで“がーっ”と喉の奥に流し込んじまえば“は〜”ってなもんすよ!!」
「かー、がー、は〜・・・か?」
「そ!かーがーは〜!!」
「・・・ふっ」
「あは」
「はははっ」
「あははははっ!」
「あは・・・ぅ、げほっケホ!ケホン」
「わわわ!スンマセン!」
調子に乗って笑いすぎ、噎せるように背を丸めた浮竹の、隊長格にしては薄い背中を山本は擦った。慌てて置いたせいで、少しだけ茶が畳を濡らしてしまっていた。
「・・・済まない、もう、大丈夫だ」
左手を挙げるようにして、背中を懸命に撫でる手を背から離すよう制止の合図を送る浮竹に、しかし山本は手を休めなかった。外の雨が更に強くなったらしい、苦しげな咳が治まると、たった3センチの隙間から草葉を叩く雨音が漏れ聞こえる。
「・・・辛い時って、誰かにこうしてもらえると少しだけ楽になれる気しますよね」
「・・・・え・・?」
雨乾堂の丸い飾り障子に映る、雨に震える葉の影を山本の瞳はじっと見つめていた、瞬きもせず。
「具合悪いときとか弱っている時って、雨の音がすると余計思いに沈んじまうし、だから1人じゃないっていいっすよね」
「山本?」
「・・背中擦らせてもらってる間だけでいいですから、ここにいさせてください」
「・・・・」
  

 雨は朝からずっと 瀞霊廷を包み込むように降り続いていた。傘を差すのも、いや、体調の悪さすら忘れて奔走していた浮竹は、体が奥底から冷えているのを感じてはいたが、まさか倒れるとは思っていなかった。それだけ気が張っていた、とも言える。藍染が、雲雀が、東仙が反旗を翻したことに対して。
張り詰めていた糸は、病という名の鋏で切られてしまった。突然胸から込み上げてきたものを自分ではどうにもできず、霞む意識の中、倒れた背中を支えてくれた誰かの服を思い切り掴んでしまった。それが十番隊副隊長だなどと思いもせずに。ただ、掴んだ死覇装が重く湿っていたのだけはしっかり感じていた。それが雨のせいなのか、自分の吐き出した血によってのものなのかを確認する暇も無く、意識が遠のいてしまったのだけれど。


 考えてみれば何故彼は1人でそこにいたのか、何故自分の背後を歩いていたのか。
「・・・隊長の、お見舞い行ってたんです」
沈黙を自分に対する疑問だと感じたのだろう、察しの良い十番隊副隊長はぽつんと言った。
「隊長は・・・大丈夫でした。体も、気持ちも折れてやしなかった。・・・・安心、しました」
浮竹の背をなでている手の速度が心持ち、緩やかになる。だから気付いてしまった。何故彼が雨の中傘も差さずにさ迷い歩いていたのかを。
「だけど君の心には穴が空いたまま・・・・・そういうこと、なんだね・・・・?」
ゆるゆると撫で続ける手に声は届いているのかいないのか。否定も肯定もない、けれどその沈黙を浮竹はそういう意味なのだと受け取った。


 雲雀と山本の仲が、ごく普通の幼馴染とは少し違った関係であるのは、隊長格の人間ならば皆知っていた。人目も憚らずベタベタしたりなどはなくても、そういう雰囲気というのはそこはかとなく伝わるものだ(自分と京楽もそうであるらしいが)。
その雲雀が、何も告げず、そんな素振りすら見せずに違う誰かと目の前からいなくなってしまった彼の心中を慮ると胸が痛むのは、決して病のせいでだけではなく。


「いいんです、アイツが・・・雲雀が俺に何も言わないで居なくなるのは、それこそ会った頃からずっと・・・変わらないアイツの・・・悪い癖・・なんすから」
それでも、それでも。何度置いていかれても追い駆けられたのは、希望があったから。力さえあれば、きっとあの男の側にいられると。
なのに彼は山本の手をやんわり外して、違う男と旅立ってしまったのだ。手の届かない場所へ。もう決して追いつけない場所へ。追って行ってはいけない場所へ―――。
その山本の絶望、痛みは察するに余りある。せめて嫌いになったとか、道を違えた理由を聞かせてくれていれば、納得できないまでも、ここまで辛くはならないだろうに。
「こんな時は飲んで忘れるって手もあるんですけどね、俺のお目付け役はいなくなっちまったし、隊長は入院中なんで1人でふらふらしてる訳にいかないもんで」
おどけてみせる山本。そんな風に明るくして見せても、その折れた心から継続的に溢れ出しているものに気付かない訳が無いのに。
だから、なのだろうか。彼がここに留まりたいのは。他の誰かに気付かれたり、見られたくないから――痛みに耐える姿など。・・・病持ちの自分と、同じように。
例えばここにいるのが京楽ならば、酔わせて、辛い気持ちを吐き出させて、泣かせて、眠らせることができるだろう。例えばここにいるのがザンザスなら、強がりしか見せられない山本に優しい言葉を掛けてやりたくて、でもできなくて、もどかしさのままに言いくるめられて終わってしまうだろう。
されたくも、したくもないのだ彼は。この痛みを抱え、悶え苦しみながら、それでも雲雀という男を思い続けていたいのだ―――今はまだ。
三センチの隙間から見上げても、浮竹の寝床からは空の色すら伺えない。自分の背後に回っている山本からも、当然外の景色などは見えていないだろう。
「雨が止むまで、いたらいいさ。確かに、背中を擦ってもらえると何だか体が楽になる気がするしな」
「・・・すんません」
「でもな、止まない雨はないし、時間が・・・解決してくれることだって沢山ある」
「・・・・・はい」
「いい結果でも、悪い結果でも・・・な」
「はい・・」
己の体に巣食う病魔が恨めしく、自棄に陥りそうな日は幾度もあった。それでも京楽の、卯の花の支えが、部下達の献身が、山本総隊長が寄せてくれる揺るぎ無い信頼が、心が折れそうになる度奮い立たせてくれた。
いつかこの男にも、そんな日がきっと訪れる。それが誰によって、何によって齎されるのかは、幾ら年を経た自分でも解りはしないが。
「ずっと擦っていてくれ、君の手は気持ちがいいよ」
「浮竹隊長・・・・京楽隊長が聞いたら誤解を招きそうな言い方は止して下さい」
山本の手が一瞬止まったのに、浮竹は楽しそうに肩を揺らした。快活な笑顔が印象的で人の色恋沙汰には無頓着なこの男でも、馬に蹴られるのは御免らしい。
「はは、そうだな。ザンザスも黙ってなさそうだしな」
盆ではなく畳に直接置かれていた薬を人差し指と中指で挟み、湯飲みを同じく掌に納めるようにして持ち上げると、浮竹の後ろで完全に手の動きが止まった。どうしたのだろう、もしかして今この名前を出しては不味かっただろうか。これが『おのれはだからKYだと言うんじゃ』などと夜一辺りに溜息つかれる所以だろうかと恐る恐る背後の様子を伺ってみれば、しきりに山本は首をかしげていて。
「・・・・・山本?」
「うちの隊長が黙ってないって、何でっすか?」


 心の雨に傘を差しかけてあげるどころか、その手に傘を持っていることすら気付いてもらえていない。それどころか力は充分あるというのに、いささか体の大きさが足りていないばかりにそういう対象にすらなっていない十番隊隊長の顔を思い浮かべると、余りに不憫に思えて浮竹は涙を拭いたくなった。
「・・・ま、まあどうでもいいさ、うんそう、雨が止むまでここにいたらいいよ」
「ありがとうございます・・・すみません」
「いや」
何をありがとうで、何がすみませんなのか、そんなものは充分解っているからもういいよとでも言うように、浮竹は苦い薬を黙って流し込むと横にはならず、山本の腕に背中を預けた。人に優しく、厳しすぎるほど自分を律する男の手は実に温かくて、薬の効き目が早いせいか目蓋が重くなってくる。
明日目が覚めたら――いや、この目を閉じてしまう前に、己れを慕う副隊長代理の二人に言伝てておかなければ。
雨に閉じ籠り頑なに弱さを拒絶しようとする哀しい男を、無理矢理この背から引き剥がし連れ帰ってくれる腕が現われてくれるまで、雨が降ったら山本を雨乾堂に通してあげるように。



おわり
ギン雲雀が藍染骸と行ってしまったその直後、くらい。雨乾堂の造りがどういう風になっているのかは想像でしかありませんので、あまり突っ込まないでください・・・。
(0710脱稿)

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