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32.好きだよって言ったら、どうする?(小説・イクト&空海)水城様
お題:お前のこと好きだって言ったら、どうする?【イク空】


目を閉じれば心地よい喧騒。肌を撫でる風は冷たいが、それほど気にならない。幾多もの喧騒に混じる一際大きな愛しい声。伏せていた目を開けると、きれいな放物線を描いて飛んでくるサッカーボール。こんな所まで飛ばせるのは一人だけだ。ついと手を伸ばして失速したところを捕まえる。遅れてボールを追ってくる軽快な足音。

「なんだまたお前か」

呆れつつも楽しそうな声音。
「ホント、お前っていつもボールに届くところにいんのな」
屈託ない笑みで空海が笑った。ひょいとボールを放る。
「お前が俺んとこ飛ばしてくるんじゃねぇの?」

(…なんて、そりゃ、見える場所に居るからに決まってんだろ)

空海はいつものようにあっけらかんとして。
「はは、狙った所に飛ばせるなら苦労しねぇって」
時折、こいつに嫌味なんて通じるんだろうかと思うことがある。
「あ、もう練習終わっから、ちょっと待ってろよ」
有無を言わせずに戻っていく空海に、ただ呆気にとられたまま立ち尽くした。少しだけ寒さを実感したのは、熱の塊みたいな空海が居なくなったからだろうか。

待つのは嫌いではないが、必ず思い出すことがあるから苦手だ。下校していく生徒たちの場違いな自分に対する視線が何とも居心地が悪い。

(…早く来ねぇかな)

「悪ィ!」

声に驚いて振り返ると、そこには息を切らして空海が立っていた。タイミングがいいやら悪いやら、空海は大抵「早く来い」とか催促する言葉を心の中で呟くとやってくる。たまに声が聞こえてるんじゃないかと本気で疑う。

歩き出すと空海はお使いやら何やらを思い出すから、真っ直ぐに家に帰ることはあまりない。こうして一緒に帰るのはまだ数えるほどしかないが、それでも傾向をつかむには十分だ。

(俺は…家に戻るのが嫌で、こうして寄り道したっけ)

買い物なんて華やかなものではなかったが。それでも空海と公園への寄り道をした時は、昔と違って景色が明るく感じて。それは周りさえ巻き込む空海の空気に因るものなのだろう。本人さえ無意識の。
「…って、聞いてんのか?」
ハッとして隣を見れば、眉間にしわを寄せた空海が見上げていた。
「…悪い、」
素直に謝れば、元よりそこまで怒っていなかったのだろうすぐにいつものように笑う。
「だから、今日なぎひこが、」
「なぎひこ…あぁ、ガーディアンの一人か」
俺の可愛い後輩だ、なんて少し誇らしげに空海が胸を張る。
「しばらく顔出してない間に生意気になってたんだぜ?俺のが先輩なのに」
どうやらその前の話に出てきた腕相撲で負けそうになったことが相当悔しかったらしい。くるくると変わる表情を見ながら、何とも空海らしいと可笑しくなった。
「笑うとこじゃねぇだろそれはっ!」
怒られた。
「そうだよ、お前も日奈森や唯世にちょっかいばっか出すなよ」
二人の間に何があったかは空海も聞いていないが、それに関わっているということはお見通し、なのだそうだ。軽く前髪を掻き上げる。
「別に俺が何しようと俺の勝手、それに、俺はお前より年上」
「年上だって良くないことは良くないだろ」
さっき笑った仕返しも含まれているのかきっぱりと言われた。
「特に唯世は少し色々と複雑みたいだしな」
唯世を心配する表情は年長だけあって大人びている。本当に心配しているのだろう。けれどこんな空海をきっと唯世は知らない。

(…つーか、一緒に帰ってんのに説教とかマジでない)

我ながら子どもじみていると思いながらも少し不機嫌になった。何で自分がこんな一喜一憂しなければならないのか。

(惚れた弱みとか、認めるの癪だし)

すると目聡くそれに気付いたのか、
「まぁ、俺でいいなら話し相手にはなってやるよ」
届きもしないくせに首に腕を回される。なってやる、とは何とも上から目線な発言。

(や、大して意識しちゃいないんだろうけど)

そんなことを考えたら、ふと疑問になった。

「…お前さ、人のことばっかで自分はどうなんだよ」

責めたつもりもないし、呆れたわけでもない、ただ純粋な疑問。
「俺、は…」
すると妙に歯切れの悪い反応が返ってきた。すぐにまたいつものように笑ってしまったが。

(こいつってこんなに笑う奴だった…か?)

「俺はいいんだよ、面倒な兄貴たちも嫌いじゃないし、可愛い後輩も居るし?」
直接言葉を交わしたことは勿論ないが、空海の四人の兄は見たことがある。彼らは空海が唯世たちを案じるのと同じように、さり気なく空海を心配しているのだろう。だが、空海自身は自分のことを省みているのだろうか。人のことばかり心配して、抱え込んでパンクしたりしないのだろうか。優しい空海なら、きっと自分の痛みのように感じてくれる。だからみんな無意識に頼る。その優しさに甘える。

(俺も人のこと言えないけどな)

「それに、こうやってお前話聞いてくれるじゃん?」
そうやって笑うのはズルい。

(そりゃ、好きだから、だろ)

なんて口にする気は更々ないが。それでも一応話し相手だと認識されているというだけで、こんなにも気分が良くなるなんて。我ながら現金でお手軽だと思う。空海に見つからないように口元を手で押さえた。
「お前ホントは優しくてイイ奴なんだからさ、こういうこと二人にしてやりゃあいいのに」
憎まれ口ばっかで、損な奴。と自分のことのように空海が話すから。優しくてイイ奴、なんて初めて言われた。驚いたのか嬉しいのかよく分からないむず痒さだ。
「で、…何で俺が二人に優しくしてやらなきゃならないんだ?」
今度は困ったように空海が言い淀んだ。あーうーと唸ってから、実に苦し紛れな表情で、
「お前だってあいつら好きだろ?」
と言った。そう言われて考える。あむや唯世に対して抱くのは、興味とかからかったら面白いからで。それがイコール好きにはならない。だから二人に対してと空海に対して向いているのは全く違う形のベクトルだ。それに空海は気付いていない。違いを知らない。足を止め、にやりと笑う。すると止まったことに気付いて空海も数歩先で止まり振り返る。
「イクト?」
どうした?と首を傾げる空海に。開いた距離を一歩ずつ埋めるようにゆっくりと近づいて。

「なぁ、お前のこと好きだって言ったら、どうする?」

顔を近付けて囁くように呟く。空海は動くことも出来ずに視線をあっちこっちに向ける。パニックを起こしているのは一目瞭然で。けれどそれをひた隠すように
「別に…どうも、しない」
なんて言われて。
「あ、そ、ならいいけど」
でもやっぱり悔しいから空海の額に軽く触れるだけのキス。そして空海がびっくりしつ振り回した腕をヒラリと躱して塀の上に着地する。
「〜〜〜っ、お前っ、どこ行くんだよ逃げんなっ!!」
予想よりいい反応だ。けれど今回のデートはそろそろおしまい。
「逃げんなって、だってここ、お前んちだろ」
ハッとして振り返る空海の後ろにあるのは、見知った空海の家。呆気にとられた空海を見て笑い、背を向ける。その後頭部に何かが当たった。音も立てずに落下していくそれを捕まえる。それは空海がしていた手袋のボール。投げた張本人を見遣れば、すっかりむくれた表情でこっちを見上げていた。
「寒いからしていけよ」
手袋のボールを軽く宙に投げながら応えて帰途につく。家に入っていく空海の背を見送って、

「寒いからしていけ…って、入んねぇっつーの」

自分の手よりも小さな手袋を見、ひっそりと笑った。


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