素敵な頂き物
苦甘 白湯様から二万フリーリク ザン山
→朝

キィキィ鳴く生き物に、鼻先を啄まれるまで無反応であったのは、この上なく気が緩んでいたとしか言いようがない。俺の鼻先を啄んだそれは一瞬の鋭い痛みを残し、叩き落とさんと振り上げた手をひらりとかわして、小馬鹿にしたようにチィと鳴いた。

「おはよー。飯できたぜ」
「…オイ…起こし方を考えろ」
「あはは、鼻のアタマ真っ赤だぜ!」

貴様、と言うがはやいか、わー、などと解りやすいはしゃぎ声を上げながら、エプロン姿の男は扉の向こうへ消えた。
苛立ちに任せて上掛けを跳ね上げ、ベッドサイドに放ったシャツを羽織る。昨日の物だが構うものか。どうせ風呂からベッドまでの小一時間纏っていただけだ。
さて、リビングでは、不必要に大きなダイニングテーブルに(来客はその華美さをこぞって俺の趣味だろうと笑うが、こればかりは俺ではない。「たくさんの人が集まれるように」などと考えるのが誰かなど、言うまでもない事だ)豪華な筈の朝食を整然と並べ終え、年下の愛人は満足顔で着席している。筈の、と言うのは、多少他人よりは胃の容量の大きい男が二人揃ったとて、皿数は長卓を埋めるに及ばず、どうにも小ぢんまりして見える為であった。

「…フン」
「はは、機嫌悪い」
「そいつに鼻を噛むなと言っておけ」

餌皿の前できちんと待てをしている次郎の頭にちょこんととまった、起き抜けから吹っ掛けてきたソイツはこちらなど一瞥もせず一心に餌皿の方を向いている。犬用の餌を食うな、と言ったところで、言葉を解す筈のソレはまるで聴いた様子がない。
遂にはまたキィと鳴いて、食事の開始を促して来た。主人(あるじ)が食べ始めるまで待っている分まだましだと考えるべきか。

「へぇ、かじられたんだ」
「思い切りな」

いただきます、と手を合わせる相手に続き無言で手を合わせると、どうぞ召し上がれ、と琥珀色のぐりぐりした目をやわらかく細める。すっかり習慣になってしまったものの数秒の仕草だが、今では無ければどこか気持ちが悪い。一人デスクで軽食を採ろうと手を合わせた折り、間の悪いどこぞの銀髪が入ってきて笑みとも哀しみともとれない形に顔をひきつらせていたのを思い出す。不似合いなのは承知だ。インク瓶を投げてやった。

「何だろ、何時ものアレの真似したのかな。なぁ小次郎?」

ピュイ、とは返答であろうか。
フォークでチーズ入りらしい半熟のスクランブルエッグをつつきながら言う「いつもの」とは、強要したわけでもないのに毎朝起こそうと触れてくる少々奇抜なその方法だろう。偶然見たアメリカのホームドラマでやっていたとかいうそれを諸外国での必然だと思い込んでいたらしい素直さには、もういっそ頭が下がる。当然、項垂れる、という意味でだ。
しかし、悪い気がしないのもまた確かである。でなければ、事実を知ってなお続けるそれを、とうに止めさせているだろう。

「フン」

この俺が、甘いことである。餌皿をつつきまわしながらちろりとこちらを向いたヤツは、また細く、キュリリと鳴いた。


→昼

くつろいだ獅子のように、などとは言うものだが、くつろいだ獅子のように、くつろいだ獅子によりかかっている…とあっては、言語が混乱を呼ぶばかりである。

「ザンザスー」
「あ?」
「コーヒーは?」
「おう」

すっかりはりつけていた視線を本から剥がし、ほんの数センチだけ顎を上げる。その際、空いた右手の中指で、眼鏡をすこし押し下げるのもわすれない。そうしなければこちらの顔が伺えないからである。
彼の掛けている、どうやらアンティークフレームらしいぶあつい遠視鏡は、遠くにあるものほどねじ曲げてしまうのだから。そう、遠視鏡、である。間違っても「老眼鏡」などと言おうものなら、素人であれば死に陥れかねない、うなる拳が向かってくるのであった。

「キリマンジャロなー」
「…ブルマン、」
「キリマンジャロな」
「…チッ」

眼鏡を高い鼻梁の根本に押し付けるようにしながらの舌打ちは、好きにしろ、と、お前がいれるなら我慢してやる、という二つの意味を持つ。
その燻し銀にも似た(実際はなんとかという合金だったはずだが、忘れた)、すこしくすんだ、それでもまぶしい華奢なフレームが歪んでしまわなければいいと思いながら、湯を沸かすべく背を向ける。造りの派手な顔に一見似合わなそうな、そのやや少女趣味な蔓草のような眼鏡は彼の顔立ちを随分と優しく見せてくれ、厳めしい顔ばかりしている彼すら和ませてくれるようで、俺はそれがとても好きだった。
例えば、戯れ時、鼻先をかすめるのが気にならないくらいには。

「…あれ、次郎もキッチンか?」

はふはふ、と鼻先を上下させるようなしぐさはまさか、頷くという行為を真似ているのだろうか。いや、あり得ないでもないなと、横にぴったりはりつくようにして歩いてきた次郎の頭を、背を屈めて撫でながら思う。いくら普段愛犬扱いだからとはいえ、次郎は匣兵器。人間の意思を追い、今は下ろしている刀を背負ってはしりまわってくれるのだから、頷くくらいおかしくもないだろう。

「…あ、」

対面式キッチン(寿司屋のせがれでもある俺の希望だと思われがちだが、これは意外にザンザスの趣味である。案外と甘えたなところもあるザンザスは、どちらがキッチンにいるにせよ、相手の様子をすっかり捉えられなければ気がすまないらしい。さらに、俺が料理をしている間、カウンター向こうに張り付いてみている、なんてことも実はままある。小さな子どもみたいだ…なんて言葉は地雷であるが。閑話休題。)の向こう、ザンザスがじっとこちらを見ている。その下方からも、赤い瞳がじっと見据えていた。
頭にちょこんと乗った小次郎を気にする様子もないそれは、身体の大きさゆえに、時々しか匣から出してもらえない白い獅子である。本来は虎獅子、ライガーなのであるが、まったく落ち着いた様子で床に伏せている分にはその特異な模様も浮かび上がらず、白い獅子にしか見られない。
それがこちらをじっと見ているのであった。

「オイ、」

不意に暗くなった視界に視線を上昇させると、暗い赤に光る瞳が、睨むようにこちらを見下ろしていた。底の見えない瞳が訴えかけるように、こちらに視線を投げる。
規格外の身長に、キッチンカウンターの上部の枠が邪魔なようで、手のひらで押さえながら首を曲げて、こちらをじっと見ていた。

「待てなかったのか?」
「うるせえ」

シンクの縁に手をかけ、上体を乗り出す。ザンザスも枠から乗り込むように、上体を伸ばした。
狭くなる視野に、ふと寄り添う二匹と一羽の様子がうつる。一羽はこちらを向いて、二匹はまどろむように目を伏せ、身を寄せ合っている。いつのまにあちらまで移動したのか、匣兵器は飼い主に似るものなのか。
そんなことを考える俺の顎を熱い手がすくい上げ、ごく僅かに離れた唇が、「集中しろ」と低く呟いた。




変な男のこだわりを露呈する水割りセットが俺の傍に置かれているのは百歩譲って許したとして、空になる度にグラスが俺の前に置かれるのはいかがなものかとおもう。加えて、ザンザスのような巨躯が持てば普通サイズのグラスなどお猪口のようなもので、それをザルを通り越しワクレベルの酒豪が二口三口で呑み込んでしまうものだから、俺はひたすらせっせと水割りを作らされる。俺は夜のおねえちゃんじゃねえんだぞ、と言ってみたところ、それならこんなに金は賭けていない、なんて言われて撃沈してしまったのも記憶に新しい。
結局、それでもつくってやる俺が甘いのだと、解ってはいるのだ。解っては。

「…明日は、」
「ん?ええと…今は特に急ぎの仕事ないから、ゆっくり出勤、かな」
「フン…そうか」

かろん、と氷がグラスを叩く。水と焼酎に浸食されてゆく氷の悲鳴だろうか。
ベスターは夕食後しばらくの安らぎタイムを経て、匣に戻された。次郎と小次郎はそれぞれ、寝床で丸まっている。
匣兵器、ペット、どちらの言葉も当てはまらない同居人(?)たちは、強いて言うなれば息子のようでもあった。なにもかもを手に入れたような生活で、決して得ることが無いのは実子だけ。二人だけで暮らす空間に、また違う刺激を与える三匹に匣兵器以上の情を抱くのもおかしくはない話だ。何とはなしに、相手もそう思っているような気がしている。
しみじみとグラスに口をつけていると、空のグラスを降ろすいかめしい手が見えた。おかわりかと手を伸ばすも、その手を握り込まれては術が無い。
ふっと近づいて来た顔が耳元に口づけを送り、吐息も全て流し込むほどの距離で囁く。

「ベッドに、行ってろ」

片付けが済んだら行く、と続いた言葉を、この男の職場の人間が聞いたならば、何人が卒倒するだろう。おかしな想像に抑えきれず溢れる笑いをいぶかしがるザンザスの頬に走るひきつった傷跡、その上にちいさく唇を寄せて、応の返事を返した。
明日の予定を訪ねるのは『そういうこと』への伺いを暗に立てているのだと気がついたのは、この男と『そういう』関係になってそう立たぬ内だった。慣れない内は解り難いが、愛情へのこだわりが人一倍強く、それに比例して愛情の深い男である。


きっちりとシーツに覆われたベッドに転がってめくっていた読みかけた本を、頭上から伸びた大きな手に奪われた。色気の無い、との言葉の向けられたのが、社交マナーを論じるその内容へか、恋人を待つ褥で本を読む行為へかは知れない。むしろ、どちらにも、だろうか。

「おつかれ」
「あ?」
「片付け」
「ああ」

ちゅ、と音を立てる口づけは、あまりにも男に似合わない。ので、こちらから舌を差し出し唇を舐めてやると、男はすぐにそれに応えた。
ぎしり、との音に合わせ、ベッド表面は傾くようにへこむ。そのゆるやかさに、改めて寝台の高級性を認識するのである。

「ん、ふ」

分厚い舌が口内を荒らす。肉食獣のような大きな口に食べられてしまうような感覚に恐れたのは、まだ身体も熟れ切らない頃の話だ。今思えばそれが可愛らしかったのだろう、場所にかかわらず、執拗に口付けられていた事を思い出す。
ザンザスの口づけは、とにかく熱い。基礎代謝が良いのか知らないが、幼い子どものように高い体温の男の粘膜に触れて、熱くない筈が無い。大きく分厚い舌を口内に含まされると、それだけで口の中がほとんどいっぱいになってしまう。それにたえかねてこちらも舌を伸ばせば腰がくだけるほど啜りつくされてしまって、未だ対抗しうる術を見出せなかった。

「ふあ…」
「…ふ、」

くちゅりと音を立てて唇が離れ、お互いを繋ぐように伝うどちらのものとも知れないいとがふつりと切れた。
次いで伸びて来たこちらもまた熱い、皮の分厚く硬い親指が、二度三度とくちびるをその形通りになぞる。唇を湿らせていた口づけの名残がくちゅくちゅと鳴る。離れる際にまたついといとを引いたのをたどるようにその指に口づけてから、身を屈めた。
唇に触れるのは、『口でして』の合図。彼がそう言ったわけではないが、言葉少なな男がそうした後に必ず『それ』をねだるので、否応無く理解するに至ったのだった。
存外、かわいらしい男なのである。
さて、向かい合うようにして座り込んだ男の下肢に顔を埋めると、黒いパンツの前が既に窮屈そうにしているのが解った。ほんとうにかわいい男だと内心笑いながら(これを判るようにやってしまうとひどいめにあう)、生地が張って開き難いファスナーを丁寧に降ろして行く。
ここで挟んで萎えた、なんてことになっては、目も当てられない。

 
「うわ、でか…」

そうか、これがいつも尻に入っているのか、人間とは随分丈夫にできている。などと毎度ながらに思ってしまうのも無理の無いご立派なご子息を思わずしげしげと拝んでいると、後頭部を撫でる、というにはいささか強くかき混ぜられる。急かされているのだろう。かわいいことこの上ない。
見せつけるようにそれにほお擦りして上目遣いに見上げながらひとつ口付けると、別の生き物のように(そのあまりに立派な見た目からして洒落にならない話でもある)びくりと跳ねた。交わっていた視線がばつの悪そうに逸らされるのが、おかしくて仕方が無い。

「可愛がってやるぜっ」
「…阿呆か」

さあ、イタリアの夜は長い。


...



@工口ZA☆SE☆TSU!これ以上はなんか無理だった。ザンザスのナニを冷静に描写しかけている自分がほんと無理だった(その方向性)
@あいかわらず尻切れすみませんでした!熟年バカップルがウザくてすみませんでした!付き合い出して何年なんだ落ち着けよ!
(ちなみに我が家では武が18でイタリア行きしたものとしてそれ〜になってるので大体6年くらいです。ほんと落ち着け)
@ボスは生い立ちもあって愛情に対する思い入れがすごい深い、愛情深い男。武はそんなザンザスを「ほんとかわいいな」と思っている。これが今のところの我が家の基本スタンス


いやいやいや、初めてザン山でリクエストに応えて頂けて、私こそ凄く嬉しかったです!!!
ボスを可愛がる山本・・・解ります!!!だって山本って父性愛も母性愛もたっぷりですものね!
はう〜ん(*´△`*)

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あきゅろす。
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