素敵な頂き物
eddy*melt*awayのじんべさんから55555リクエスト『それだけで』ヒバ山叔父×甥
「恭弥おにーちゃあん!」

どん!と音がするほどに上司の脚にタックルをかました武に草壁は色んな意味でたじろいだ。
初めて武と会ったのは武の両親が亡くなった日の夜であり、その夜この少年は一晩中蹲ったまま泣いていた。最初こそ声をあげていたが、車に乗り込んでからは声を押し殺し、心配になるほど強ばった身体を震わせていた。そのまま上司の、武の叔父になるという(正直この上司に肉親がいるなど考えたことがなかったのだが)上司の雲雀の家に送り届け、車から降ろすのにも一苦労した。次に会ったのは斎場で、中学生くらいの少女に手を引かれているのを見た程度だった。雲雀の傍に武がいたという記憶は草壁にはない。
雲雀が引き取ると聞いて仰天したのは当然だ。上に立つ者としてのカリスマ性を溢れさせている雲雀は、子供を扱うこととは全く逆位置にいる人間である。況してやあの子供を、一人息子としてその一身に沢山の愛情を受けて大切に育てられてきた、扱いにくそうな子供をどう育てていこうとするのか――その先には、雲雀を悪く思いたいわけではないが、あの子供にとって薄幸で儘ならない寂しい生しかないように思えた。それでも草壁は何も言わなかった。雲雀は己の生活も子供の生活も激変させるような事態にはしなかったし、所詮それは雲雀の問題だった。雲雀が草壁に相談するような素振りを見せたのなら別だったが、彼は全く平静だった。常に纏っている自信をその時初めて疑いたくなったものだった。
しかしこの光景には、それはまさに杞憂だったと思う外ない。

「てつおじさん、こんにちは!」

雲雀の腿に抱きついたままこちらを見上げてくる武にぎこちないながらも笑いかける。叔父である雲雀ではなく部下の自分が「おじさん」と呼ばれるのは何とも複雑だ。それよりもっと胸中複雑なのは、雲雀が仕事では決して見せない微笑を浮かべて、しがみついたままの武を甘んじて受け入れていることなのだが――その掌はただ黙々と武の頭を撫でている。

「行くよ」

その言葉は武に言われたのかもしれないが、草壁は身を翻し車に向かう。はっきり言って、雲雀だけでも相当目立つというのに自分がプラスされたら悪目立ちするに決まっているのである。
幸いなのかどうか園児の母親方の目はまだ雲雀に注目しているようなので、草壁は無駄な心配りをせずに駐車した車に乗り込んだ。
武が園友達に別れを告げて漸く車に入ったのを見届けてから雲雀もその反対側、運転席の後ろに乗り込む。
武がチャイルドシートのベルトを装着しているのをミラー越しに見ていた草壁はあることに気付いた。

「武君、今日は荷物が多いですね」

武が抱えたままの丸みを帯びた手提げカバンを見て漠然と言ったまでだったが、武はミラーに草壁を見つけてにっこり口角を上げた。いつものお喋りは始まらず、武はこちらを見たままニコニコと笑っているだけである。
はて、と草壁が首を傾げると背後から地を這うような声音が上った。

「――哲、早く出したら?」

草壁は途端、自分が出過ぎた真似をしたことに気付き慌てて短く返事をしてエンジンを掛けた。
「今てつおじさんとあそんでたのにー!」と言う声に背後の威圧感が更に強まった気がして草壁はハンドルを握り締めた。




*************





「おにーちゃん、なんかやる!」
「手は洗ったの?」

五分袖をこれでもかとまくった両腕を掲げてとたとたと走ってきた武に包丁を扱う手を休めずに尋ねると「あ…」と力なく呟いて、武は洗面台に引き返して行った。
最近の武は雲雀がやっていることは何がなんでも真似をしたいようで、手伝いというよりか没頭する遊びを真剣にやっているようだ。雲雀と遊んでいるようなもので、雲雀の方も武一人にやらせるつもりは毛頭無い。

「あらった!」

綺麗にした手を掲げて走ってきた武に小さな台を差し出してやると武は直ぐ様台に足を乗せた。顔が近くなった雲雀ににっこり笑いかけると「どれむいていいの?」と声を弾ませる。

「今日は剥くものは無いよ」
「えー」

あからさまに残念そうな武に思わず笑みがこぼれる。しかしシンクに置いてあった胡瓜を持ち上げるとその瞳はまた輝いた。

「これを薄く切って」
「うん!」

武が、包丁で何かの皮を剥くことの次に好きなのが胡瓜の輪切りだと心得ている雲雀は胡瓜を武に任せ、目は離さずに冷蔵庫を開けた。

「あ、玉子わりたい!」
「胡瓜を切ってからだよ」
「オレがわるんだから、わらないでね?」
「はいはい」
「はいは一回ー!」

仕方なく玉子をボウルに入れ新たにハムを取出し、武の横で刻む。武も負けじと小振りの包丁を扱っている。
胡瓜が終わると武はすぐに玉子を手に取った。まだ両手で割るのも儘ならないというのに、以前見せた‘片手割り’に挑戦しようとするのを諫めて手に手を添えて一緒に玉子を割る。武の表情は真剣そのものだ。

「…できた!」
「ご苦労様」

いつもならこのくらいで満足してテレビに走る。そのつもりで雲雀は声をかけたが、武はまだ台から降りるつもりは無いらしい。
今日の夕食は米と汁物は作りおきがあるし、サラダと玉子綴じを作って終わりにしようと思っていたから、はっきり言ってもう武にやらせるような仕事は無かったのだが雲雀はサラダの盛り付けを武に命じて、自分は煮物を溶き卵で封じる作業に入る。
普段はとても几帳面とは言えない武がレタス一切れにもこだわりを持って皿に置いているのを見て、雲雀は「どうせ武は食べる時に滅茶苦茶にするのに」とからかった。

「違うのな!これ、恭弥おにーちゃんの!」

言い放つと、唇を尖らせ大きな目に精一杯鋭い目付きを作って作業に戻る。
おや、と思いはしたが健気な甥が素直に可愛くて「ありがとう」と返す。武は聞こえているだろうに何も反応を示さなかった。時々見せる意固地なところは姉に似ているとぼんやり思う。
そう言えば帰ってから携帯電話を確認していない。雲雀は玉子綴じの火を消して、ダイニングの椅子に掛けっぱなしの上着の元へ向かった。
内ポケットから取り出したそれを確認する前に、目の前のソファーの隅に置かれた武の手提げが目に入った。草壁が「荷物が多い」と形容したあれだ。

「武、カバンはちゃんと片付けないとダメだろう」

あ、そうだ!
キッチンから慌てた声が上がるが、雲雀はそのカバンを持ち上げた。青地に黄色いひよこのワッペンが付いたそれはひどく軽い。覗き込むまでもなく、そこに入っていたのは筒に丸められた画用紙だ。

「あ、ダメ!」

走り寄ってきた武にカバンを手渡すと大事そうにそれを抱えて雲雀を見上げてくる。
どうしたの、と尋ねる前に武は中の画用紙を取り出した。布の手提げはぱたりと足元に落ちる。

「オレ、母の日に何もしなかったでしょ?」

雲雀は目を瞬いた。何故いきなり母の日の話になるのか。

「でも恭弥おにいちゃんは男の人だから、やっぱおかしいかなって思ったのな」

丸い筒を苦心して真っ直ぐに開き、雲雀に掲げて見せた。上手とは言えないが、黄色の服を着た髪の長い人が描かれていて、右下にはレースで作ったカーネーションが貼られている。

「…お母さんだね?」
「うん、母の日にようちえんでかいたのな」

それでね、言いながらそれに重なっていた一枚を表に出す。青い服に、頭には鉢巻き。

「とうちゃん!」

画用紙をぱたぱたさせる武に雲雀は何を言ったものか困った。困ったので取り敢えず武と目線をあわせられるようにしゃがみ込む。よく描けているよと頭を撫でてやった。
すると武は首を横に振る。

「なんまいも先生にがようしもらったんだけど、」

恭弥おにいちゃんは上手にかけなかったのな。

「…僕?」
「うん、何回かいてもぜんぜんかっこよくかけなくって」

だから持ってかえってこれなかったのな、ごめんね。

「…いいのに、そんな」

別段本当に悪いとも思っていないような口調で言われて面食らった雲雀は、それでも武が描いた自分の絵を見たかったと思った。
武は尚も首を振って、力強く「だから」と次いだ。

「父の日は何でもしてあげる!」

両親の似顔絵を握り締めて使命感に溢れた表情をする武に、雲雀は頬が緩むのを抑えられない。
すると、先程の張り切りようは似顔絵が描けなかった罪滅ぼしでもあるのかもしれない。
しかし、と思い直すと、父の日というのは今度の日曜、つまり明後日ではなかったか――取引先との付き合いの予定があった気が、しなくもない。
武もそれを心配しているのか、じっと雲雀の言葉を待っているようだ。
雲雀は立ち上がって先刻上着に入れ直した携帯を取り出した。着信が一件ある。草壁からだ。直ぐ様発信ボタンを押し顔の横につける。不思議そうな顔をした武に、一つ笑いかけた。

『――もしもし、ご帰宅のところ申し訳ありません』
「ああ、構わない」
『それで日曜の、』
「ところで、日曜なんだけど」
『え?…はあ、自分も日曜の、』
「何も無かったよね?」
『――っえぇ?!』

無かったよね?
重ねて言うと「しかし…」と何やら殆んど独り言ちて、その後一つ静かに「何もありません」と物分かりの良い部下は肯いた。

「明日、埋め合わせが出来るようにしておいて」
『はい…』
「他には?無いね」

それじゃあ、と早々に通話を切ると、武が「てつおじさん?」と聞いてきたのに頷くだけで返して「日曜日だけど」と言いながら武を抱えあげてソファーに座る。

「何してくれるの?」
「うーんとね、肩たたき?」
「そんなに凝ってないよ」
「じゃあごはん作る」
「いつもやってるだろう?」

えーとねぇ。
膝の上で悩む武の頭に頬を寄せる。柔らかい髪から石鹸と陽の匂いがする。
くすぐったいと高い声をあげる武に「一緒にいようね」と囁く。武は相変わらず雲雀の腕の中で笑い転げている。
ずっと一緒にいようね。
雲雀のそれは願いというより約束だった。








55555hit感謝!!沢木様に捧げます

2010.6...じんべ



ひたすら健気可愛い甥っ子武に私がクラクラでした・・・・。こんな甥っ子なら叔父さんもメロメロになるってもんですよ!!!!
草壁さんの苦労がしのばれますが(笑)

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