よろず小説
幸福論(南→西)
 管理国家ラビリンス。国民は仕事や結婚、寿命といったあらゆる物事を国に管理されている。それはこの3人とて例外ではなく、イース・サウラー・ウエスターは総統メビウスのために働いた後、宛がわれた相手に異を唱えることなく結婚し、子供を産み育て、そして決められた寿命を全うして死んでいくのだ―――。


(そんな無意味な人生に、僕が『はいそうですか』なんて素直に従うと思ってんのかね)
サウラーはいつものように、イースとウエスターのいなくなった後のリビング(だと勝手に決めている)で紅茶を淹れていた。赤茶色の液体から昇る香りを愛でつつ、角砂糖を5つ立て続けに落とす。手にした分厚い本のページをパラリと一枚捲った。
 あの二人は何だかんだ言いながら総統メビウスの為にと一所懸命だ。それは生まれたときから細胞の一つ一つに『全てはメビウス様のために』とインプットされているからなのだと思えば、憐れにも感じる。


 ある程度成長してからではあったが、サウラーはこのような状況に時折違和感を感じるようになった。
何もかも管理される世界。生まれてから命の終焉を迎えるまでの全てが、何もかも決められている世界。―――自分の感情など、何一つ反映される事の無い世界。
 けれどサウラーは、例え頭で、肌で、それを感じていたとしても、周囲の者達と異なる感情を表に出すような馬鹿ではなかった。その感情を露呈した者達の末路は、目や耳にしなくとも何となく分かっていたから。


 細かな文字を一字すら追うことなく、サウラーは手の中の本をぱたりと閉じた。窓の外の明るい日差しに、数羽の小さな鳥が青く広がる空を自由に羽ばたいていた。
この世界でプリキュアを倒し、無限メモリー“インフィニティ”を手に入れるべくつかわされた自分たち。文字にしてしまえば殺伐として見えるが、このような怠惰にして自分の考えに思い切り耽られる素晴らしい時間を与えられたと考えれば、あの世界にいるよりもずっと幸福だとも思える。
けれど今、こうしている自分の姿それさえもがきっと筒抜けで、打倒プリキュア・入手インフィニティに失敗すれば、代わりの誰かに即座にこの場所を乗っ取られてしまうのだろう。
(そんなこと、誰がさせるもんか)
 相性などまるで良いとは感じないものの、イースとのウエスターの取り合いは案外楽しい。
この世界に疎いウエスターの行動、言動は観察しているといちいち笑いを誘ってくれる。
引きこもりだ何だとサウラーを指差しながらも、二人はそれをどこかで許容してくれている。
この場所は大変居心地が良い。ラビリンスになど、戻りたいとは思わない。どうせ帰れば、幹部だなんて言ったって3人バラバラにさせられて、全く見たことも無い誰かとの絵に描いたような素晴らしい未来とやらを歩かされるに違いないのだ。


 ソファを立ち窓際に身を寄せて下を見ると、館の扉から占いの客だろうか、2人の女性が出てきた。頬を染めながら振り返るその後ろで、どこか律儀なウエスターがフードを取り緩やかに手を振っていた。
こんなに女性達に熱い視線を投げられても何も感じないというのは、その相手を、電車がレールの上を通過する際に窓の向こうに通り過ぎる影、くらいにしか見られないからなのだろう。
彼にとっては目の前で頬を染めて自分を見つめている人の顔がどうとか、スタイルがどうとか、性格がどうとかそんなのはどうでもいいのだ。行き着く先の未来に決められている、見ず知らずの誰かと恋に落ち、結婚する事こそが幸せであると、何の疑念も持っていない。
自分の管理された未来に一欠けらの疑問すら持っていないという意味では、何とも純粋というか素直というか馬鹿というか。
けれど自分とは違うそんな部分に、どうしようもなく惹かれてしまうのもまた事実。
(僕はラビリンスなんてどうでもいいんだ。本当のことを言ってしまえばインフィニティだって、どうでも)


そう、自分がここにいるのは


 サウラーがじっと見つめていた視線に気が付いたのか、不意にウエスターが顔を上げた。目が合ったのだからと折角ニッコリ微笑んでやったというのに、先ほど女性達に向けていたにこやかな笑顔は何処へやら、眉間にしわ寄せ小首を傾げる。何事だろうという心の声が聴こえてくるようだ。
(せめてウエスターが僕の気持ちに気付くまでは、ここにいられたらいいなあ)


 暫く何とはなしに絡み合っていた二人の視線は、ウエスターが再び占いの館に訪れたらしい女性に声を掛けられ振り返ったことで途切れた。
開け放した窓から入る風に長い髪を揺らして、サウラーはソファに横になる。先ほど閉じてテーブルに置いたはずの本を手にすると、おもむろに適当な場所を開いて寝そべる自分の顔の上を覆った。
うららかな陽気が気持ち良いこんな日は、ゆっくりそれを楽しむに限る。暖かな風に誘われるようにしてサウラーは目を閉じた。
先ほどの女性客が帰ったらここに姿を現すであろうウエスターの、お前も少しは仕事をしたらどうなんだと憤慨する大きな声を、ほんの少しだけ楽しみにしながら。



おわり
サウラーさんは何となく色々知ってる上でラビリンスやっている気が・・・。

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