よろず小説
一緒にねようよ!
うなされているような声に導かれ、空海はうっすら目を開けた。見上げる天井は暗く、まだ夜が明けていないのを知る。カーテンから漏れる月明かりに、ふと顔をずらせば、柔らかいとも固いともつかない枕とは違う感触。
(はて?)
まだ夢うつつの中、ぼんやりしながら枕カバーに触れてみれば、あきらかにタオル地ではなく・・・。
「おわっ!?」
慌てて空海は飛び起きた。おそるおそるベッドの上に横たわる黒猫を見て、ああやっぱりやってしまったと、見られてなどいないというのに手を合わせて頭を下げた。


自分で言うのもなんだが、空海はすこぶる寝相が悪い。去年合宿と称してスキーに行った先の宿泊地であった空海の祖父の寺で、布団を引いて雑魚寝したまでは良かったが、朝起きたら辺里の上に大の字になっていて、辺里は目が覚めるまでずっと大岩に潰された夢を見てうなされていたのだとか。


(そんな夢を見させていたらどうしよう)
空海は申し訳ない気持ちでベッドに腰掛け、イクトを覗き込んだ。眉間に小さく皺を寄せている。・・・もしかしたら、腹の辺りに漬物石を乗せた夢でも見ていたかもしれない。
(ごめんなー・・)
ネコッ毛を梳いてやると、寄せられていた眉がやんわり解けて、空海は何となく安堵の息をついた。
最近のイクトはとても疲れているように見える。もうガーディアンでなくなってしまったから、今どんな状況にイクトや日奈森たちが陥っているのかなんて分かる筈も無い。
友人として心配してはいるけれど、イクトが何も言わないうちは聞いてはいけないように思えた。だから自分に出来るのは、馬鹿話をして張り詰めた空気を少しでも緩ませる事だけ。疲れて横たわるイクトの邪魔にならないように、寄り添って、時には寒そうな背中を温めながら眠る事だけ


なのに。


(これじゃ、余計疲れちまうだろうがーーーーーーっっ!!!俺のアホーーーーーーーーっっっっ!!!!!)
いつもベッドに丸くなって眠るイクト。どんなに手足を伸ばせと言っても、小さい頃からの癖だからどうにもならないんだと、頑なに体を縮めて眠る。そんなイクトと正反対に伸び伸び眠る空海の体は、この一人用のベッドに二人で眠ると、元々小さくなって眠るイクトを更に隅に追いやってしまう。
(・・・・寝るときくらい、自由にさせてやりてえよ)
一度だけ掻き混ぜるようにくしゃりと髪を撫ぜると、空海はベッドに半立ちになって毛布をイクトに掛け直した。秀水からのお下がりのベッドがぎしりと軋む。


 数年前に流行った軽いパイン素材の収納用引き出し付きベッドは、一人部屋をもらえた際にどうしてもベッドが欲しいと両親にねだった空海に、自分は布団で眠りたいからと、一階の和室の一つを自分の部屋に使用するのを決めた秀水から譲り受けた物だ。秀水が中学生の頃から使用していて、空海が使い始めてから1年だから、もう使い始めてから6年くらいにはなる。


 イクトの眠りを邪魔してしまわないよう、毛布に包まって床で寝ることにした。確か階段下の物置に余分な布団や毛布があったはずだと考え、音を立ててイクトが起きてしまわないよう、そろりとベッドから這い出ようとした空海のパジャマの裾が引っ張られ、思い切り後ろに倒れこんだ。
「・・・・!!!」
驚きに思わず声を上げかけた口が塞がれていた。イクトの、薄い掌で。頭にまた柔らかいとも固いともつかない感触を感じて、またしてもイクトのお腹辺りに頭を押し付けてしまったと起き上がろうとすると、肩を押さえつけられ、そのまま後ろから羽交い絞めのように抱きつかれてしまった。
「・・・・どこ行こうとしてた?」
寝起きの、どこか寝ぼけたようなイクトの甘ったるい声。
「いや、その・・・ほら、俺寝ぞう悪いから・・・ちょっとイクトが可哀想かと思って・・。ベッドの下で寝ようか・・とか」
「却下」
即答されてうう、と唸った。どうせ一人じゃ寂しいとか言うんだろう、甘えん坊め。
「一人じゃ寂しいだろ」
――ほらな
「それに」
なんだよ、まだ何かあるのかよ。こっちの気持ちは無視かい!!とちょっぴり膨れていた空海の肩口に顔を埋めたイクトは、小さな声で囁いた。
「お子ちゃま体温が側に無いと寒くて寝られねえの俺」
そう言って背中からぎゅうぎゅう抱きついてくるイクトに、もう苦笑いしか出てこない。
(なんだよそれは。お子ちゃまって、俺とお前4つしか違わないし、もう中学生なんだから子供って年でもないと思うんだけど)
空海は緩みっぱなしになってしまった口許を隠しもせずに、自分の首辺りに額をくっつけているイクトの髪をクシャクシャと撫でる。
「・・・俺、手とか足とかすげえ動くから、ぶつかって痛い思いするかもしれねえぞ?」
「こうして絡めとっておけば大丈夫だろ」
・・・なるほど、と空海は何となく頷いた。己の両手両足には、イクトの手と足が器用に絡みついていた。
「頭とか、振るかも」
「俺低血圧だから多少ぶつかっても気付かねーし」
「それ危険じゃねーの?」
どうあっても自分を放す気はないらしいイクトに、思わず笑う声までも出てしまうというものだ。けれど、そうまでされてしまえば、いいから一人でゆっくり寝ろよとは言いにくい。だってこんなに一人にしないでと全身で叫んでいるのだ。今この時間だけでも自分を必要としてくれているのならば、それに応えてやるのが友人ではないか。
「朝になってから後悔しても遅いんだからな」
零れた笑いに揺れた肩に、イクトの小さな寝息を感じる。低血圧な黒猫は、空海が腕の中で大人しくしているのを了承の意と受けとって安心したらしく、再び眠りに落ちてしまったようだ。


後悔なんかしねーよ


そんな寝言のような呟きが耳元で聴こえたな、と思ったときには、空海の瞳もゆっくりと閉じられていた。月明かりにほんのりと照らされた唇は、嬉しげな笑みを象っていた。後ろから決して逃がさぬように、きつく空海を抱きしめるイクトと同じように。





おわり


[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!