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君のため




 「もう昼休みだよ!ほら、ご飯一緒に食べようって言ってたでしょ?だから愛都君のこと探してたんだ」


 「あー、手間掛けさせちゃってごめんね。どこに行くか一言、言っておけばよかったね」



 沙原に軽く謝ると俺はズボンについていた汚れを払い落し立ち上がる。
 そして曲がっていた身体を伸ばすかのようにして、背筋をピンと張らせる。



 「それじゃあ行こうか」


 「うん!」



 沙原はそんな俺をじーっと見つめ、歩き出す俺の後ろを小型犬のようにとことことついてきた。
 そんな沙原を視界の端にとらえた俺の心は、先程の内容も相まって酷く冷めていった。



 ――不快な昼だな。



 俺は一度持っていた箸を皿の上に置き、溜息をした。

 ところ変わって俺が今いる場所は多くの生徒でにぎわっている食堂。
 
 俺を見る様々な思惑を含ませている視線の数のせいで食欲は失せてしまった。
 周りの生徒はまだ無視をできるのだが、こいつら...特に香月はひどくわずらわしかった。

 永妻はまだいい...嫉妬に狂った目だから。むしろそんな永妻を見て愉快に感じてしまうほどだ。
 しかし香月は違った。いつもの嫉妬と嫌悪が混ざった目をしていなかった。...こんな真昼間から、性欲を感じさせる目をしていた。


 今日はさすがに綾西もおらず、4人用の席に座っていて俺の隣には香月がいた。
 熱っぽい目で全身を舐めるように見られ、もう何度もさりげなく腰のあたりを触られている。



 「あの...香月君、」



 ついに我慢ができなくなり、俺の腰を触る香月の手を掴み体から離す。
 もちろん、素は出さずにちゃんと作った自分を出しながら。
 照れたように、恥ずかし気に振る舞えばその反応を見て香月は楽しそうに口角を上げた。



 「あ?今更こんなことで顔赤くしてんじゃねぇよ。昨日の方がもっと激しかっただろ?」


 「そ、それは...っ、」



 耳元で囁く香月の声にイラッとし、青筋が立ちそうになるがなんとか堪えて演技を続ける。



 「あ...あんなこと、...。昨日の今日でどう香月君と顔を合わせればいいのか分からないんだよ」



 目線を下げてそう言えば、一瞬香月は真顔になった。

 ―あぁ、疑ってる疑ってる...でも、あともうひと押しだな。


 その顔を横目でとらえ、俺は心の中でほくそ笑んだ。


 「お前...本当に、俺の記憶がないのか...?俺とヤッたのも昨日が初めてだっていうのかよ」


 「だから、何回もそうだって言ってるだろ...香月君とヤるのは昨日が初めてだ。あんな...、」


 「...ふーん。じゃあ、泰地と晴紀とヤったことは覚えてるのか?」


 
 すると香月は最後の質問とばかりにそう俺に投げかけてきた。
 全てを納得させろとでも言っているかのように。



 「なんで知って...っ!でも...俺自身...その時のことは、すごく曖昧で...嫌な記憶だし、それにそれは叶江に嵌められて...」


 すると香月はニヒルに笑った。どこか満足そうに。

 

 「へぇ、そう。そういうこと。それは都合がいい...」



 「え?...都合?あ、このことは誰にも言わないでくれよ?」


 「わかってるよ。こんな良い話、泰地達に話したら俺が逆に恨まれそうだしな」



 「あー、俺はこれで心配も何もない」肩の力を抜いた香月は最後にそう呟き食事の手を再開させた。


 自分は罪の重さから一人逃れることができた、復讐されずに済んだ、そう思ったのだろう。

 ―本当、結構単純。


 まぁ、これで香月を堕とすための大切な土台ができたことに変わりはないけど。

 

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