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君のため




 気づけばもう身体が動いており、目の前にはバランスを崩しふらつく叶江の姿があった。

 拳がジンジンと痛む。叶江の頬は赤くなっていた。



 「あー、痛いなぁ、口ん中切れたし」



 口元をクッと右手で拭い、叶江は殴られた頬を触ってニヒルに笑う。



 「宵人は俺が守ってる。今も、これからも。...死なせない、ずっと一緒にいるんだ」


 「...へぇ、」



 まだ殴り足りない。もっともっと憎しみを込めてこいつを殴り倒したい。
 暴力的な衝動がふつふつと湧きあがる。

 だが、同時に理性も戻り怒りを抑えてくる。



 「ムカつくなぁ」


 「ぅっ...ぁ、」



 急に胸倉を掴まれそのまま思い切り壁に押し付けられる。叶江の素早い動きに抵抗することができなかった。



 「ここに復讐しに来たんだろ?まぁ、頑張れよ。俺も協力してやってるんだしさ」


 「は?...な、に言って...」


 「ほら、同室者。お前が沙原と一緒なのは俺のおかげ。本当は2年になった時宵人の代わりに他の奴が入ったけど
3年になってお前が来ることわかって、わざわざそいつを追い出して空けてやったんだから」



 追い出した...?そんなことお前なんかができるわけ...



 「俺さ、ここの理事長の甥だから大抵の“お願い”だったら聞いてもらえるんだよ」



 「甘やかされてるから」と、自嘲気味に笑いながら叶江はそう言った。


 予想外の事実に俺は言葉をつぐむ。
ここでのことはこいつの計らいだったのか。それにしても、それじゃあこいつは何を企んでいるんだ。


 叶江はあの3人と繋がりがあるのでは...
それなのに協力だ、などとほざいている。罠か...罠なのだろうか。

 ――しかし、それならそれで



 「あぁ、そう...じゃあ利用、してやるよ...お前のこと、」



 使えるものはすべて利用してやる。殺してやりたいほど憎いお前でさえも。

 自分より少し上にある叶江の目をまっすぐに見れば、酷く歪んだ瞳の中にいる自分の姿が見えた。

 徐々に大きくなっていく瞳の中の自分の姿。そして重なる唇。
口内を犯そうと入ってきた少し鉄臭い舌を拒み、叶江の下唇を強く噛めば、ジワリと新たに血の味がした。



 「...っ、はぁ。もう口の中血だらけだわ」


 「俺に触れるからだ」



 溜息をし、俺から離れると叶江は口内の血を廊下に吐き捨てた。



 「躾けても時間が経つとダメだな。...でも今は躾けないでおいてやるよ。せいぜい俺を楽しませろ」


 「...勝手に言ってろ」



 ニヤニヤと笑う叶江。その笑みを不気味に感じながらも、今度こそ俺は叶江に背を向け食堂へと歩み始めた。



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あきゅろす。
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