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君のため




 「わーんこ」


 「...っ!」


 沈んでいく思考の中、聞こえた声。突然後ろから抱き締められて歩みが止められる。

 憎い...憎い声。背中から伝わる気持ちの悪い体温。


 「来るのが遅せぇ。もっと早く来いよな」


 「っ、離れろ!」



 ガッと肘を叶江に向かって当てる。しかし寸前で避けたのか、あまり当たった感触はなかった。
 だが、そのおかげで叶江から離れることができた。



 「はぁ、せっかく躾けてやったのにもう生意気に戻ってるし」


 「黙れ」



 何が“躾”だ。あんなのはただのあいつの自己満足なだけの...

 なんとか理性を保ち、募っていく怒りを胸の内に秘める。
 ここで動いてはいけない。これから...これから徐々に追いつめていくのだ。


 とりあえず一端叶江から離れ、さっさと食堂に行ってしまおう。これ以上こいつと一緒にいたら気が狂ってしまいそうだ。



 「なぁ、宵人は元気か、今もまだおねんね中?」

 
 「...っ!」



 移動しようと叶江に背を向けた時そう、どこか楽しげに言う叶江の声を耳でとらえた。


 その瞬間、身体の全体に力が入りところどころ血管が浮く。
 拳は力を入れすぎて白くなってしまっていた。


 ふざけんな...っ、宵人は...宵人は...っ


 頭が熱くなって胸がきりきりと痛み苦しくなる。
段々と冷静な判断ができなくなっていく。



 「あの時死んどけばよかったのになぁ、てか今ももう死んでるようなものだろ。早く葬式やってやれよ」



 その時、頭の中で何かが切れる音がした。怒りで視界が真っ暗になる。



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