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君のため
5

 微笑む口元に、耳に残る嫌な音。動かなくなった物と化した叶江を目の前に愛都はしばらく呆然としていた。
 人を殺した、その感覚が未だに手に残っている。

 −でもそれもしょうがないんだ。宵人と俺の中を裂こうとするから。それにこれでようやくここを出て宵人に会いに行ける

 愛都は叶江のズボンのポケットの中を探ると目当ての鍵を手にし、足についている鎖を外した。

 「早く、宵人のとこに行かなきゃ...」

 立ち上がり、フラフラとした足取りでまずは部屋の扉まで歩いていく。扉を出たその先は未だ踏み込んだことのない空間だ。
 長い廊下の途中、部屋につながる扉がいくつかあった。一体自分はどこの屋敷に閉じ込められていたのだろうかと思わせるほどここは広く部屋数も多かったが、全くと言っていいほど人の気配が皆無であった。
 廊下の端に来た時、上につながる階段を見つけ上がっていけば久し振りにみる窓とそこから見える外の世界。どんよりとした曇り空だが、やけに映えて見えた。
 そしてそのすぐ近くに目当ての玄関があった。寂しく一足だけ置かれた靴。それはきっと叶江のものであろう、やや大きいそれに足を入れ脱げないようきつく紐を結んで履くとようやく愛都は扉に手を掛け外に出た。

 「学校のすぐ近くじゃないか」

 外に出てすぐ、視界に広がる青々とした緑。そこは学校の周囲を囲む木々であった。なんとなく見覚えのある光景だが、その中にこんな屋敷があるのは初めて知った。

 −これなら病院までの道もわかる

 全ての復讐を終えた愛都は放浪者のように、宵人を求めて歩いていく。

 そうしてどれだけ歩いたのだろうか、金銭も持っていないため交通手段もなく歩き続ける。学校を出る前に寮に戻ろうかとも思ったが、もしも沙原とのことが警察沙汰になっていて見つかった瞬間止められたら困ると思い財布を取りに戻ることも断念した。
 少ない体力がどんどん消耗していき、足取りも重たくなるが、宵人のことを考えれば立ち止まってはいられなかった。
 ただただ、無事を祈るのみであった。

−−−

−−−−−

−−−−−−−

 ようやく病院に着いた頃、あたりは薄暗くなってきていた。先ほどまでの疲れはどこへ消えたのか、愛都は足早に宵人のいる病室に向かった。
 看護師から事情を聴いている時間さえ勿体無い、すぐにでも自分の目で確認したかった。

 「はっ、はぁっ、宵人...っ、」

 いつもの、見慣れた個室。愛都の愛しい存在はその中で、静かにベッドに寝ていた。
 叶江は急変したと言っていたが、近くで見てみてもなんら変わりない様子の宵人の姿に愛都は心の底から安堵した。
 また、叶江のくだらない嘘だったのだろう。いつものようにそうやって愛都を惑わせて楽しんでいたのだ。

 −あぁ、くだらない。そんな嘘をついて俺に殺されて。ざまぁないね。

 クックと愛都は笑い、そして安心したように布団の上から宵人の胸に抱きついたのだが−−−
 


 「...あれ、なんで聞こえないんだ、」


 それは愛都の頭の中を真っ白にさせるには十分の出来事だった。

 −心臓の音が聞こえない

 温かみのある心地の良い音。それが宵人からは感じられなかった。

 「宵人...おい、どうしたんだよ...よい、と?」

 肩を揺するが瞼は閉じたまま。手を離せば力無く宵人はベッドに横たわった。その時、揺すった拍子にめくれた布団の下...見えたのは真っ赤なシミを作る胸元だった。そして手に強く握られていたのは同じく赤く汚れたナイフであった。

 「う、嘘だ...嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だっ!!!!!うああああぁぁぁ」

 脳内で処理しきれないことが目の前で起き、愛都は発狂した。その声に驚いた看護師が部屋に訪れ、そして事態の深刻さを知るや否や急ぎ足で多くのスタッフを呼んだ。
 必死に血を止めようと宵人の胸元を抑えようとする愛都を男性スタッフが数人がかりで抑え引き剥がす。宵人の血で赤く染まった愛都はなおも狂ったように叫び続けた。

 管理された病院内、きっとナイフを渡したのは叶江。そしてそれを使って自害したのは宵人自身。
 しかし、宵人が自分をおいて死ぬわけがない、と愛都は事実を受け入れられずにいた。

 「信じない、俺は信じないぞ!!!なぁ、また俺の名前を呼んでくれよ!早く目を開けて!今度こそ、今度こそ俺が守るから!!」

 愛都の悲痛な叫びが響き渡る。しかしその声が宵人の元に届くことはなかった。


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あきゅろす。
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