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君のため
4※



 弥生の言った宵人をいじめている理由は酔狂じみていた。だが、それを聞いた後の里乃の心は変わってしまっていた。
 今まで感じていなかったはずの感情が生まれていたのだ。

 ― 宵人が羨ましい

 家族からの愛情を感じることなく成長してきた里乃にとって宵人の兄弟の絆が酷くまぶしく感じていた。自分の手には届かない固い絆。

 ― 自分だけ不幸だなんて不平等だ。宵人だって...

 自分もやはり、あの両親と双子の兄と同じ血が流れているのだ、と自覚した。嫌な考えばかりが頭を占める。

 誰もがうらやむ美丈夫な兄に愛されて育った幸せな人間。はたや両親からも双子の兄からも愛されることなく育った不幸な人間。

 この時、初めて里乃は自分が“不幸な人間”であると認めた。その瞬間から宵人へのうらやむ気持ちが妬みへと変わり始めた。

 ― でも宵人は俺の大事な友達だ

 しかしそれと同時にいじめを見て見ぬふりをして助けようとしないことで生まれる罪悪感も胸を締め付けていた。
 あれ以来、庇うことも助けるようなこともしなくなった里乃を宵人は一切責めてこなかった。逆に里乃がいじめに巻き込まれなくてよかった。そう安心した眼差しでみられたのが里乃が最後に見た宵人の姿であった。
 
 それ以来、宵人は教室に姿を現さない。もう数日も経つ。それに比例して黙秘という罪への意識も膨らんでいく。

 そんな時だった。里乃は偶然とぼとぼと廊下を歩く宵人と鉢合わせた。
 そして里乃は宵人の姿を見て驚愕した。傷だらけの顔、脇腹を抑え、歪める表情。痛そうに引きずる足。
 そこにいたのは以前とはかけ離れた姿をした宵人であった。しかし自分の所業を思い出し、里乃は何も言うことができずに立ち尽くした。
 そんな里乃に気が付いた宵人は一度立ち止まった。

 里乃はどんな罵声でも浴びるつもりで息をのむ。...― だが、

 「...なん、で」

 宵人は何も言うことなく、ただ微笑みかけてすぐにその場を立ち去った。その時の眼差しは最後にあった時に向けられたものと変わらない、温かなものだった。

 ― 話しかけなかったのは、きっと話しかけることによって里乃もいじめのターゲットにされると思ったから。

 傷一つない里乃を見て宵人はホッとした顔をしていた。

 この学校には誰1人として味方はいない。嫌でも耳にする凄惨ないじめの内容。こんな下衆た自分を責めない宵人の眼差しが眼に強烈に焼き付いた。

 ― やり過ぎだ。こんな不幸、望んでない

 「俺は、最低だ」

 そうして膨れ上がる罪悪感が溢れ出した時、里乃は再び立ち上がった。
 もう目を背けない。妬みもしない。人それぞれ幸せは違うのだ。それを不平等だといい、ましてや友人に当たるなどお門違いにもほどがある。
 里乃は幼稚な自信を叱咤し、今度はもう逃げないと意を決した。自分が宵人を救うのだと。


 しかし...―――― それ以来、里乃の前に宵人が姿を現すことはなかった。


 そして変わるように姿を現したのは義兄である千麻愛都であった。



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あきゅろす。
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