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君のため
3※



 「お前が言いつけ破って近づいてくるなんてね。僕が怒らないとでも思った?そんなわけないよね」

 人気のない夜の裏校舎。街灯が1つあるだけのそこに里乃は弥生と2人でいた。

 「まぁ、今回のところはお前にも感謝すべきところがあるから...許してあげる。で、話って何、僕も忙しいんだよね。さっさと話して」

 自分の髪を手櫛で梳かしながら弥生は早口でまくしたてる。
 他の人間には見せない弥生の本当の姿。里乃への嫌悪感が滲みだされていた。子は親を見て育つ。まさにその言葉通りだった。

 「俺が何の話がしたくて近づいたか、弥生ならわかってるんじゃないか」

 「はぁ...何、その目。あぁ、もしかして怒ってるの?...― 俺の友達をいじめてるなって」

 口元に手を当てて、弥生は卑しく笑う。さもおかしそうに、里乃を煽るかのように。
 「わっかりやすぅ」と笑い声を立てた瞬間、カッとなった里乃は弥生の胸元を掴み上げた。

 「ふざけるな...っ!!俺は真面目に―――」

 「 離して 」

 「...いや、だ」

 「 この手を、今すぐ離して 」

 「...っ、」

 先程とは打って変わって無表情になる弥生の威圧感はこれまで敗者として扱われてきた里乃の感情を揺さぶり、冷たいその言葉で体に染みついた歪んだ従順さが働いた。そして掴んでいた胸元から手を離すと同時にいつものように頬を強く打たれる。
 打たれたそこはジンジンとした痛みが広がり、真っ赤になった。

 「...なんで...なんで宵人をいじめるんだ。宵人の何が気に食わない、何かしたのかよ」

 痛む頬を抑えることなく里乃は疑問を投げかける。自分が酷くみじめに感じ、俯いた顔を上げることはできなかった。それでも聞かなければいけなかった。
 全ては宵人のために。しかし弥生の口から紡がれたそれは里乃の意図しないことであった。

 「千麻宵人をいじめれば義兄である愛都君に会うことができるからさ」

 まるで当たり前のことを言うかのように、そういった。何の理由があってそう思ったのか。だが、弥生の言うその言葉は一種の確証があるかのように声高らかなものであった。

 「今は愛都君違う学校に行ってるんだって。だけど宵人をいじめ続ければここに編入してくる...そう言われたんだ、“トモダチ”に」

 そう言い笑う弥生だが、目は笑っていなかった。

 「でも僕は何もしてないよ。僕はただ千麻宵人と仲良くしただけ。ねぇ、普通のことだと思わない?」

 立ち去っていく弥生。里乃はその後姿を呆然と見つめることしかできなかった。

 ― そしてそれからも、いじめは続き


 里乃はそれを見てみぬフリをした。



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