君のため
予想
「腕...痛いよな。俺のせいだ...ごめん、沙原君、」
消毒液のにおいに、白い壁。部屋の中にいるのは沙原と愛都の2人だけ。
翌日、病院から戻ってきた沙原は1人、保健室に閉じこもっていた。部屋に戻ってこない沙原に一瞬計画の失敗をにおわされたが、すぐに愛都は沙原の意図に気が付き、1人保健室を訪れた。
「愛都君...痛いよ、痛くて痛くて夜も眠れない。どうして僕がこんな目に合わなきゃいけないんだ」
「可哀想に...これじゃあ、日常生活も不便だよな」
愛都がそう言った瞬間、沙原は顔を上げ、にんまりと笑った。
「愛都君、“償い”って言葉、知ってる?」
そこにいるのは、皆が言う天使ではなく、やはり黒く澄んだ悪魔の姿であった。
そう、このために沙原は誰も邪魔に入ってこない保健室に愛都を誘い出したのだ。近づいてくる、小作りな整った顔。そして肩に凭れ掛かってきたかと思えば、耳元に吐息をこぼされる。
「 これで一緒に居られる理由ができたね 」
そうして沙原は愛都から離れたかと思えば、可笑しそうに大きな声で笑い続けた。
こんな狂った沙原の姿を学校中の人間は予想できただろうか。愛都の冷めた瞳にも気が付かない。
今の沙原は愛都を独占できたと妄信していた。...自分の体が少し傷ついただけで。
騙されてると知らず、利用されているとも知らず、愛都に踊らされて、皆の天使も狂う。
愛都は何を言うこともなく保健室を後にした。
「もしかして今更罪悪感でも感じてる?」
「...叶江」
出てすぐ、廊下に立っていた男の姿に愛都は一度目を大きく開かせたが、すぐに視界から外すように俯いた。
「別に...ただ哀れだと思っただけさ」
沙原の様子も、言動も、愛都の思った通り。計画通りに進んでいる...怖いほど順調に。
「騙すのと騙されるの、どちらが幸せ者か知ってるか?」
叶江に背を向けて歩く。投げかけられる言葉はいつになく真剣なものだった。
「どっちも不幸者だ。本当の幸せ者は傍観者。騙し、騙される者が朽ち果てていくのを見て楽しむんだ」
それだけ言うと今度こそ愛都はその場を去って行った。
振り返ることのない、その後姿を見て叶江はクスリと笑う。そして愛都と反対方向に歩きながら残念、と一言呟いた。
「 傍観者こそが一番の不幸者だ 」
そうして叶江はいつものように、のらりくらりと人混みに紛れていった。
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