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君のため




 「なんでお前が泣くんだ」

 目の前にいるのは、ボロボロと大粒の涙を流す綾西の姿。そこに沙原の姿はなかった。
 そして、愛都のいる場所も自室ではなく綾西の部屋だった。

 「だって、愛都が沙原と...っ、あいつ愛都が抵抗しないからって愛都のことをオナホかなんかみたいに好き勝手に...」

 そう言って止まることのない涙を拭うその手の甲は赤くなっている。

 ー 原因は沙原を殴ったから。

 病院に行ったっきり、連絡の取れなくなった愛都を心配し、寮部屋を訪れたところ、綾西は当の本人と沙原が性行為をしているのを目撃した。
 そこからの行動は早かった。有無を言う暇もなく沙原を殴り、抵抗しようと伸ばされたその腕の骨も容赦なく折った。

 その時の痛みに叫ぶ沙原の声で愛都は正気に戻り、ことの大変さにすぐさま対応した。
 寮監に沙原のことを知らせ、すぐに病院まで連れて行かせた。そうして愛都は誰の邪魔も入ることのない綾西の部屋へと移動し、今に至る。

 「それにしてもやり過ぎだ。俺が正気に戻ってなかったらどうするつもりだった。殺すか、沙原を。少しでも長く俺のそばにいたいんならバカな真似はよせ」

 「ごめんなさ...っ、でも俺は、」

 「言い訳はいらねぇ。俺の邪魔をしたら、捨てるぞ」

 「...ッ、い、嫌だ!!嫌だ嫌だ嫌だ、ごめんなさい捨てないで、俺を捨てないで、そばに置いて愛都の犬でいさせてお願い、お願い」

 “捨てる”その一言で綾西は年甲斐もなく取り乱し、泣き喚いた。
 涙と鼻水で顔を汚し、足に縋り付いて許しを乞う。その姿は愛都の加虐心を酷く掻き立てた。

 「随分と汚ねぇ犬だな」

 「まなと...」

 「まぁ、今回は目を瞑ってやるよ。今日のことで良いことが思いついたんだ。思いの外、早く永妻を片付けられそうだ」

 綾西の頭を犬にするかのように撫でてやる。シャワーに入ったのかさらついたその髪の毛は優しく指に馴染んだ。

 「今日はもう疲れた、さっさとシャワーに入って寝る。お前もその顔をどうにかしろ。そんな顔のままくっつかれて寝るのは敵わない」

 「...ぁ、わかったよ!すぐに、すぐにきれいにする!」

 先ほどまでの泣き顔はどこへやら。一変して綾西は笑顔になると顔を洗いに洗面台へと向かった。

 「次は早めに宵人に会いに行けそうだな、」

 そう、ぽつりと呟いた愛都の表情は明るかった。...ーーーまるで都合の悪いことは全て忘れてしまっているかのように。

 そうして逃避し、愛都はいつものように幸福に満ちた未来を想像するばかりだった。


 復讐を遂げればその先に幸せが待っていると、そう信じて。



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あきゅろす。
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