君のため
声
「宵人、今日はすごく天気がいいな」
真っ白な病室内。白いベッドの上で横になっている宵人は相変わらず無表情で外を眺めていた。
「もう少しで雪が降りそうだ。その時は俺が外に連れてってやるからな」
見舞いに持ってきた花を花瓶に移しながら愛都は話し続ける。
対話ではない、一方的な会話を。
愛都を写すことのないその瞳には青空が写り、雲がゆっくりと流れていく。
そんな中、愛都の心はある期待で高ぶっていた。
綾西を堕とした時、宵人は意識を取り戻した。そんな今、愛都は香月をも堕とすことができたのだ。
ー きっと宵人に何か変化が現れるはずだ。
復讐は順調に進んでいる。宵人は喜ぶはずだ。いや、きっと喜んでいる。
「宵人は何かしたいことはないか?あ、そういえば宵人が好きだって言ってた小説家の新作がこないだ発表されてたんだ。それを持ってこよう」
読まないとわかっていても持ってきてしまう。愛都はそうして宵人の好きだったものをいつも持ってきていた。小棚の中には写真や小説が積み重なっていく。
「あとな、あいつ...香月和史。お前を殴ってた奴も少年院にぶちこんでやったよ。心身ともに狂ってるんだ、おかしいよな。どうだ、嬉しいだろう?お前をいじめてた奴は1人ずつ堕ちていく」
ふっ、と愛都の口からは笑みが零れる。そんな時だった、
「 まなと 」
後ろから、枯れたような蚊の消え入るような声を聞いたのは。
「よい、と...?」
恐る恐るといったように、ゆっくりと振り向く。そしてその先で...ーーー2つの暗い瞳と合わさった。
「...ッ、」
宵人は外を見ていなかった。ただ一心に愛都を見つめていた。
宵人は愛都の名を呼び、見つめていたのだ。それはまさに奇跡。願っていたことが、まさに叶ったのだ。
感動のあまり、愛都の瞳からは一粒の涙がこぼれ落ちた。
「宵人...宵人宵人宵人...っ、もう一度、もう一度呼んでくれ...俺の名前を、その声で」
床に膝をつき、こちらを見続ける宵人の手を握る。その手はほんのりと温かかった。
相変わらずの無表情。しかし、愛都の声に応えるかのように宵人は再び言葉を紡ごうと口を開いた。
「 死にたい 」
その瞬間、愛都は表情をなくした。
意味がわからなかった。宵人の言った、言葉の意味が。
瞼を閉じれば、涙が流れた。そして再び開いた時。
宵人はいつの日にか見た、微笑みを浮かべていた。
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