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君のため




 「 まーなと 」


 「っ!!」


 突然後ろから伸びてきた手。冷たい手の平は俺の口元を覆いもう片方の手は腰にまわる。
 嗅ぎ慣れた香水の匂いが鼻先を掠め、思わず眉をひそめた。


 「隙ありすぎ。どんだけあいつらに注意とられてんだよ」


 顔を横に向けさせられ、見えたのはやはり相変わらず薄気味悪い笑みを浮かべた叶江の姿だった。


 「おいで。俺の部屋はここだから」


 「...は?なんであんたの部屋がこの階に、」



 グイ、と強く手を引かれ、すぐ近くの部屋に連れ込まれる。
 確認した時、叶江の部屋はこの階ではなく別の階で自分の部屋とは離れていた。

 それなのに連れ込まれたこの部屋は自分のところから僅かに2〜3部屋離れているだけですぐ近くだ。



 ― また予定が狂うな


 思わず舌打ちをしてしまう。

 一体何を考えて部屋を変えたんだ。何か企んでいるのか...


 「ただの嫌がらせだよ。こないだはムカついたからな。まぁ安心しな、邪魔はしないから」


 窓際のソファに座りながら叶江はそう言い切る。
 叶江の邪魔がないとわかれば一先ずは安心だがその偉そうな物言いに眉を引くつかせる。


 「話はそれだけか。それなら俺はもう行く」


 これ以上、ここにいる理由がない。いても無駄にこいつへの苛立ちが膨らむだけだ。
 そう思い、俺は叶江の返事を聞くこともなく踵を返す。



 「それにしても、本当...似てるよな。顔はそうでもないが、声はそのままだ。―――― 里乃は宵人みたいにならなければいいな」



 扉に手を掛けた瞬間、背中に向けられた言葉。含みのある内容。


 「あぁ、そうだな」


 しかし俺は振り向くことなく、いつもの口調でそれだけ答えるとそのまま扉を開け、叶江の部屋を後にした。



 ―



 ――



 ―――



 「あっ、愛都おかえり、俺ちゃんと床きれいにし―――― ぅ、ぐっ...!!ぁ...っ、」


 自分の部屋に戻り、走り寄ってきた綾西の脇腹を予告なく蹴りあげる。
 当然のことながら、受け身をとっていなかった綾西は床に倒れ込み、呻いた。そんな綾西の上に跨り、よほど痛かったのか涙目になっている綾西の頬に手を添える。


 「お前は無力で可愛いな。叶江とは大違いだ」


 「うぅっ、く...まな、と...?」


 「俺が堕ちてもそれ以上の苦しみを叶江に与えてやる」


 抑えていた怒りは爆発し、噛んだ唇からは血が流れ、力を入れすぎた拳は血色を失い白くなっていた。


 「愛都...血、出てるよ」


 首元に掛けられる腕。引き寄せられるまま俺は上半身を綾西の方へ下げていく。



 「愛都が堕ちる時は俺も一緒だよ」



 そうして舐められる唇。そこは丹念に舐められるたびにピリリと痛んだ。



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あきゅろす。
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