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君のため




 「本当、理解できねぇな」


 俺に見られているということだけで興奮する綾西。


 ― キモチワルイ


 胸のムカつきが取れず、吐き気さえ感じた。


 気分転換の他にも、これからの計画を立てるための下見も兼ねて部屋を出たが...


 ― とりあえず沙原とは会わないよう注意しておこう。今、会ってしまえばわざわざ綾西をおいて1人で出てきた意味がない。

 それに今回の旅行で沙原と同室になっている永妻に変に動かれても困る。
 この1週間俺は香月1人に集中する。永妻が変なことを企て邪魔をされたら面倒だ。
 あと必要なのは香月と2人きりになる時間。そのためにも永妻にはしっかりと沙原を監視していてもらわなければ。



 部屋を出て数歩。ホテルの廊下は人気もなく、静かだった。他の生徒たちは部屋で旅行の今後について話が盛り上がっているのだろう。
どの部屋も防音のため話し声は聞こえないが、扉を開ければ賑わう声が部屋中いっぱいに響いているに違いない。


 ― 皆、“ただの”高校生なんだ。狭い世界の苦悩しか知らない、お気楽な存在。


 別にそれが悪いとは言わない。ただ、そんな光景を見て、今の自分の姿と比べて俺は...―――



 「...ん?さと、の?」



 今いる場所から数メートル先にある扉が開き、中から里乃が出てきた。
 その姿を確認しただけで、俺の口角は上がっていく。

 最近はまともに話すこともなかった。

 あたりに人の姿はない。それを確認した俺は里乃を呼びとめようと口を開いた。


 しかし、



 「...っ、」



 閉じかかった扉が再び開き、出てきた人物を目にして俺は息を詰まらせた。

 咄嗟に物陰に隠れ、見つからないよう覗き見る。



 ― どうして里乃の同室者が...



 里乃の隣に立つ男。そいつは俺が聞いていたはずの生徒ではなかった。


 「よし!カードも持ったし、忘れ物はないな」


 「じゃあ、俺は行くから」


 「おう!またあとで――――― 香月君!」


 ― あぁ、さっそく面倒くさいことになった。


 予想外の展開に俺は眉を寄せた。



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