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君を想う
恩讐 ※湊視点



 瞼を閉じれば思い出す望の泣きじゃくる顔。それは中学でイジメられている時でさえ見たことがないものだった。
 望はどんなにいじめられていても俺に泣いて乞うことはなかった。

 そんな望が泣き叫び、肩を震わせながら俺に乞うんだ。

 それだけ望は傷ついていたんだ。可哀想に...でも、もう大丈夫だ。

 俺がその原因を取り除いてやるから...

 「絶対に、許さねぇ」

 これから会うであろう人物にメールを送り、深く息を吐く。
 呟いた言葉は自分以外誰もいない教室で嫌に響いて聞こえた。
 

 ――


 ――――


 ――――――


 「湊...っ、その、用事って...?メール見てここにきたんだけど、」

 メールをして数分後。息を切らした那智が姿を現した。
 外は既に薄暗く生徒は皆、後夜祭を行うためグランドへと向かっている。

 きっと、那智も安藤や誰かと向かっていたがメールを見てここへ戻ってきたのだろう、とぼんやりと思った。

 「お前に話があってさ」

 座っていた机を下り、一歩一歩と那智に近づく。火照って色づいている頬。こちらをジッと見つめる瞳。何か言いたげな唇...

 あぁ、全てが憎い...俺の大切な望を傷つけたんだから。

 「う゛くっ、!」

 那智に近づき、立ち止まるとそのまま脇腹めがけて蹴りあげた。

 湊の予想通り那智は壁に勢いよくぶつかり、尻もちをつく。

 「みな...と、?」

 何が起こっているのか分からない、といった様子で蹴られた脇腹を触り、湊を見るその瞳は動揺で揺れていた。

 ― イラつくなぁ...望はあんな状態になっていたのに、こいつは平気な顔して過ごそうとしている。あぁ、なんで俺はこいつにあの時近づいてしまったのだろうか。

 ...あの時、募っていた私欲なんて捨ててしまえばよかった。

 「じょ、冗談だよな、こんなの」

 そういい那智は笑う。――― そう、笑うんだ。

 「あ゛っ!...うっ、」

 ガッ、とへたり込んでいる那智の肩を思い切り横に蹴った。

 「その顔は、望だけのものだ」

 つい先日まで望に似て好きだったこの笑顔も、今となっては逆に憎く瞳に写ってしまう。
 床に倒れ込んだ那智を睨みつける視線は酷く冷たいものへと変化していた。

 「うぁっ...い、痛い゛...っ!!」

 顔の近くでしゃがみ、前髪を乱暴に掴みあげ上を向かせる。
 湊を見つめる那智の瞳は痛みからか涙目になっていた。

 「今日、望が泣いた。なんでか、わかるか?」

 「...え、望...が?」

 湊の問いに目の前の男はとぼけたような顔をする。その表情一つで湊の怒りを膨れ上がらせるのは簡単なことであった。

 「...お前のせいなんだよ...お前のせいであいつは傷ついたんだ!」

 「そん、な...俺が何、したって...――― ぁ、もしかして」

 湊の言葉を否定をしようとした那智であったが、急に固まり目を大きく開かせた。

 「思い当たる節でも見つけたか?」

 「あの時...のこと、か...?」

 「自覚ありか。...だったらそれなりの代償を払わないといけないよな?」

 「で、でも、もしあの時のことだとしたらあれは不可抗力で...」

 「望傷つけておいて、言い訳すんな!」

 望が傷ついた出来事...それを俺は知らない。そんなこと望には聞けなかった。
 だから何があったかは詳しく知らない。

 それでもこいつが言い逃れしようとすることが許せない。望を傷つけておいて逃げるなんて、そんなこと俺が許さない。


 「...に...きか...」

 目を伏せ、小さな声で那智は何かを呟く。

 「あ゛?聞こえない」

 「...そんなに、望のことが...好き、なのか...?」

 か細い声で、そう問いてきた。震えるようなその声は覇気がなく、まるで否定してくれとでも言っているようであった。

 「俺は望以外、何もいらない」

 答えはこれだけ。湊にとって全ては望が中心だ。
 だから望が何かを望めばそれを全力で叶える。

 ― たとえそれが啓吾と一緒にいることであっても。

 ギリリと奥歯を噛みしめ、悔しさに堪える。

 「ならなんで...なんでそんなに望のことが好きなのに俺に近づいてきた!なんで俺の隣にいて、俺に優しくなんかしたんだよっ!」

 先程まで全く出ていなかった声を張り上げ、苦しげな顔で那智は訴え掛けてきた。

 那智と初めて会話をしたのは新学期が始まったばかりの春のこと。
 那智の彼女と遊んでその結果振られた腹いせに、と絡まれたのが最初であった。そして俺はその時、らしくないことを言ったんだ。

 『なら3週間、俺をパシリにすればいい』

 今思えばこの発言をしなければ、何かが変わっていたのでは。と後悔している。だけどこの時はただ...

 「...ずっと会えなかった望とお前を...重ねてた」

 こいつと望の笑顔が似ていたのは前から知っていた。

 初めてその笑顔を見たのは1年の学校祭の時。多くの友人に囲まれて笑っていた那智の笑顔と愛しい望の笑顔が重なった。

 少しでもいいから...望と一緒にいるのだと、幻を見ていたかった。

 そんな私欲のために、湊は那智に近づいた。

 「そん...な、」

 瞬間、那智の瞳から光が消えた。しかしそれを見た湊の感情はピクリとも反応しない。

 「本当、どうにかしてたわ」

 どんなに重ねて見ても...こいつは望じゃない。

 望はあんなことをしない。望はあんな酷い発言はしない。
 望は...人を、傷つけない。

 「お前なんかと望を重ねてたなんてさ、」

 そう言い湊は前髪を掴んでいた手を離す。

 そして立ち上がり冷めた気持ちで、俯く那智を見下ろす。

 抵抗も何もせずピクリとも動かない目の前の男を容赦なく蹴りあげた。
 反動でその体は仰向けになり、痛みに耐える呻き声が教室内にくぐもる。

 「ごめん...みなと...ごめ、んな」

 「...っ、」

 どこを見るわけでもなく、ただ虚ろな顔でポツリポツリと言葉を紡いでいく那智――― その瞳からは涙が流れていた。

 その時、一瞬...ほんの少し...ここに来て初めて湊の心に何か別の感情が生まれた。

 「そんな謝ったって、許さねぇ」

 しかしその感情も一瞬のこと。すぐに湊の心は憎しみで満たされた。

 そうだ。これでいいんだ。今まで望を傷つけてきた奴らはいつも暴力でどうにかしてきたじゃないか。

 再び蹴りあげる足。

 上がる悲鳴。

 さっきの感情は一体どんなものだったか、なんて、今の湊には分からなかった。



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