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君を想う
11


 「はぁー、」

 昨日に引き続き、今日も那智の口からは何度目になるかわからない溜息が出る。
 最近溜息の数が増えたような気がするが、どうしようもない理由があるのだ。

 ふいに見る後ろの席...啓吾の机を一瞥した。
 啓吾が昨日那智にしたこと...それを思い出す度に動悸がする。

 いまだにあの時の気持ちを整理することができないでいた。
 
 ―啓吾はなんであんなことをしたんだ...殴って、蹴って、しまいには...。

 だけどその後の啓吾の表情が那智の心を惑わせる。
 悲しそうな...今にも泣いてしまうのではないかというほどの危さを感じさせる表情。

 「なんであんな後悔してるって顔するんだよ...」

 人に散々酷いことをしておいて、あんな顔するなんて...そんなことするから...
 だから...――――いまだに俺は啓吾を本気で嫌いになることができない。

 「...ってことだからな、それじゃあ号令かけて」

 ハッと気がつけば、朝のSHRでの先生の話は終わっていた。
 ...あー、全然聞いてなかった。
 後で優也に聞いておこう。そう思いながら号令の係の声で立ち上がり、礼をする。

 啓吾は今日学校に来ないつもりなのだろうか。SHRも終わり那智は体を横に向かせて啓吾の机を見つめる。

 啓吾への恐怖心はある。だけど今の気持ちをちゃんと整理したい。有耶無耶にしたくない。
 だから啓吾と直接話し合う。話し合って、ちゃんと分別をつけたい。

 だてに生まれてからずっと一緒にいたわけじゃない。1日の出来事で今までの啓吾との関係があっという間に崩れ去るなんて、できることなら防ぎたい。

 俺だって、また啓吾と親友同士としてまた笑いあえることができるのなら...そのためなら昨日のことも、忘れて、なかったことにするよう努力する。

 啓吾を失いたくはなかった。啓吾は那智にとって大切な幼なじみでもあり、親友でもあったから。

 「、い...お...っ、おいっ!聞こえないのか?」

 「う、あ...えっ!?...って、湊!?」

 考え事に没頭していると、急に目の前で声を出され慌てて那智は目線を上に向ける。

 「どんだけ考えに集中してたんだよ。俺、声掛けたのに無反応でさ、」

 「ぁ、えっと、ごめん。ってか、どうしたんだよ急に」

 どこか久々に感じる湊の姿に那智は僅かに頬を熱くさせた。

 「いや、清水探してたんだけど、見当たらなかったからお前に声掛けたんだ」

 「...あー、そうなんだ。啓吾...最近学校休んだりとかしてて...来てもサボったりしてるから中々見つからないと思うよ」

 啓吾の話になり少しドキッとする。
まさか今まさに悩んでる人物の名前を出されるとは思いもしなかった。



 「やっぱり清水そんな感じなんだ」

 “そんな感じ”きっと湊は清水の噂のことを言っているのだろう。

 「まぁ...」

 「...お前、大丈夫か?その...こないだも話の途中でどっかに走っていくし。あの時、俺が言ったこともあんなんだったから電話とかメールもなんか気恥ずかしくなって何もできなかったから...」

 湊の方を見ると頬を少し赤く染めて目線を下にはずしていた。
 しいて言うなら、これが湊の照れている時の顔なのだろう。

 ―ズキ...

 あぁ、なんかなぁ。
 湊は俺の気持ちを知らない。だからこんな風に照れたり、嬉しそうな表情をしたりするんだろうな。

 せっかく湊に心配してもらえたのに、胸が痛くて那智はどんな表情をすればいいか分からなくなる。

 「おい...本当に大丈夫か?」

 「...っ!?」

 すると湊は急に那智の左頬を優しく撫でてきた。
 その行動によって一気に顔が熱くなり、特に湊が触った場所に熱が集中していく。

 「人前でイチャついてんじゃねぇよ。目障り」

 「けい、ご...」

 那智がドキドキと心臓を高鳴らせていると、すぐ近くからイラついた口調でそう言葉を投げかけられた。
 振り向くとそこにはムスッとした表情の啓吾の姿。

 「おう、清水。俺、お前を探してたんだよな」

 「俺はお前に探される理由は思いつかねぇな」

 それだけ言うと啓吾は湊...そして那智を睨み、鞄を机に置いてそのままどこかに行こうとした。

 「ま、待てよ啓吾!ちょっ...おい!」

 啓吾は那智の呼び掛けには反応せずにそのまま歩いていってしまう。

 「待てって言ってるだろ!」

 あわてて那智は席を離れて啓吾の元へと走り寄る。啓吾は教室を出て廊下を歩いていた。
 目と鼻の先ほどの近さにいて、腕を掴もうと手を伸ばす。

 「啓吾!会いたかった!」

 だがそれは突如、那智と啓吾の間に入るようにして現れた男子生徒の存在によって阻まれた。
 そして同時に那智はその存在を確認して一瞬固まる。

 「...のぞ、む?望なのか?久しぶりだな、お前ここに転校してきたのか」

 「あぁ!日本に戻ってこれることになって!啓吾を驚かせようと思って内緒で転校してきたんだ」

 啓吾に抱きつき、楽しそうに会話をしている生徒...

 ― その生徒は湊とキスをしていた奴だった。

 「本当、啓吾にずっと会いたかったんだ!それに言いたいこともあって、」

 「いいたいこと?」
 
 「うん!あのな、俺ずっと前から」

 「うん」

 「啓吾のことが好きなんだ」

 「うん...って、は?」

 男子生徒...もとい、望とやらは急に大胆にも告白を始めた。当の啓吾はその言葉の意味が分からないようで、眉をひそめて動揺していた。

 「だから、俺は啓吾のことが好きなんだ!...あ、でも返事はまだいいから。きっと今聞いても多分...てか、絶対に両想いではないって、俺わかってるから。
 でもこれから啓吾に俺のことを好きになってもらえるよう俺頑張るから!男同士とかそんなのきにしない!」

 そういう望の言葉はとても純粋で....そしてそんなことを言える望を羨ましくも思った。

 「...望」

 その時、那智の後ろからそう呟く声が聞こえ僅かに視線をそちらに向けた。

 「...っ、」

 だが、振り向いてすぐに自身のその行動を後悔した。一瞥した視線は逃げるように下がっていく。

 見た先には、悲しそうな顔をしながらも啓吾のことを睨んでいる、湊の姿があった。

 ―あぁ、滑稽だな。なんて人間らしいんだろうか。

 「ははっ、これが現実なんだ」

 那智は小さく笑い、この光景を脳裏に焼き付けた。

 手を強く、痛いぐらいに握り締める。

 ―俺はこの状況に堪えられるのか...?

 湊の表情1つでこんなにも胸が苦しくて...止めてしまいたいくらいに辛くなる。

 だけど、それでも、

 那智は湊のことが好きだ、という気持ちをそこで止めることができなかった。

 だけどもし、ここでその気持ちを突き通さないでいたならば...これから起こる最悪な出来事は存在しなかったのかもしれない。

 けれども今の那智にはそんなこと、予想もしていなかった。




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あきゅろす。
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