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君を想う
恣意



 「あ...おはよう啓吾」

 「...なち、?」

 翌日の朝早くに啓吾の家の前で待つこと数分。ガチャリと玄関のドアが開き待ち人が出てきた。そんな当人は那智の姿を見るなり驚いた顔をして固まる。

 「ちょっと話があって待ってたんだけど...よかったら今日一緒に学校に行かないか?」

 「あー、いいけど...」

 行こう、と通学路の方を指示するとそこで漸く啓吾は動き出した。

 早朝であることもあり、ゆっくりと歩く那智と啓吾の横を走り去っていく小学生の子どもたち。笑い声が徐々に遠ざかっていく。しかし、2人の間に言葉はなかった。

 ― 言えねぇな...

 “祭りには一緒にいけない”そう啓吾に伝えるために那智は啓吾に会いに来ていたのだ。だが、いざ本人を目の前にすると口は堅く横一文字に閉ざしてしまう。
 ちらちらと啓吾の様子を盗み見てはコンクリートの地面に視線を向けるという行為を繰り返し、那智は歩き続けた。


 「 話って何 」


 そうしてそれを繰り返していれば不意にバチリと音がするかのように、那智は啓吾と目が合った。
 離せないでいる視線。最初に逸らしたのは啓吾の方だった。そして、話かけてきたのも啓吾の方。

 「その...昨日言ってた祭り、用事ができて行けなくなっちゃって...」

 今がチャンスか、そう思い那智は思い切って本題をぶつけた。
 言い切れば突如のごとく、罪悪感で胸がズキズキと痛む。そうして啓吾のあの時の笑顔が再び頭の中を巡った。

 と、同時に何か言われるだろうか、嘘だとバレないだろうかというひやひやとした感情も生まれる。...だが、

 「あ、そっか。わかった」

 啓吾の反応は予想外のものだった。あっさりとした答えで、特に怒っている様子も、残念がっている様子もない。寧ろ、口角が上がり少し笑顔になっていた。

 「あ...えと、ごめんな」

 「いいって、しょうがねぇじゃん」

 そしてまた何事もなかったかのように啓吾は歩き始めた。
 そんな啓吾を見て那智は安心し、ある一つの考えが頭をよぎった。

 “もしかしたら、啓吾は望と2人で祭りに行きたかったのでは”と。
 だから那智が誘いを断っても特に何も言ってこないのではないのだろうか、と。

 そう考えれば、先程まで感じていた罪悪感がスッと消え、呼吸が軽くなった。――― それは、ただの都合のいい考えなのかもしれない。そんなことも頭の片隅に浮かんだが。
 それでも、そう考えた瞬間から那智の罪悪感は軽くなり、すべてが良い方向に進んでいるんだ、という思いが脳に染み渡る。

 だから那智は知らなかった。

 少し前を歩く啓吾の表情が曇っていたことも、自分が思っているのとは正反対にことが進んでいるという事実も...

 結局は自分自身にとって、良くないことには目を背け、都合のいいように何事も片づけてしまっていた。




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あきゅろす。
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