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森の中の花
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 「お前さぁ、本当その態度どうにかならないわけ」

 振り下ろされる腕。腹にくる衝撃が一発。

 「ぅぐっ!ぁ...あんたの方が、その性格どうにかしたほうがいいんじゃないの。1人で...何もできないビビリ野郎」

 「この野郎...っ」

 足の先がこちらを向いたと思えば、蹴り上げられる。脇腹にくる衝撃が一発。

 三対一で一方的な暴力に遭うのはこれが初めてではない。
 蹴られた衝撃で床に倒れ、横たわる男子生徒 ――― 森末《モリスエ》はどんなに暴力を振るわれても変わらない強い瞳で、囲む迫間《ハザマ》とその金魚のフン達を睨みあげる。

 「てめぇのその目が気に喰わないんだよ。いっぺん病院送りにでもなってみる?どうせ、お前を痛めつけても誰も気にしないしな」

 「そうそう、親無しで施設出身だもんな。財布にも何も金入ってないし。本当しけた奴」

 ボス、と目の前に落ちるのは自身の財布。それは持ち歩く意味がないのではないかという程薄く、軽いものだった。

 「施設出身で、何が悪い。親がいれば偉いのか。あぁ、でも、何かあれば泣いて縋れるのはいいよな」

 「助けて、ママ、パパってさ」そう言い不敵に笑えば、次の瞬間には顔面に迫る足先。

 ― 顔蹴ったら教師も無視できない痕が残るのに、馬鹿な奴。
 
 今まさに暴力を振るわれる間際だというのに、森末は呑気にそんなことを考えていた。

 「どわぁっ!!...いってぇ!」

 しかし、蹴られる直前にすぐ耳元で走る足音が聞こえ同時に目の前にいたはずの迫間は横に転がっていた。
 腰を強く打ったのか、迫間はみっともなく四つん這いで尻を押さえている。

 「森末も懲りないんだから!迫間達もいい加減森末のこと放っといてやれよ」

 視界に映る、すらりと伸びた長い足。そのまま目線を上に向ければ自分には分不相応な人気者であり、親友でもある花崎《ハナサキ》の姿があった。

 「ほら、立てよ。大丈夫か、保健室...は、どうせ行かないか」

 「保険医に説明するのが面倒だからな」

 悪いな、と花崎の手を掴み立ち上がる。そうして制服についた埃をほろっていれば、何やら鋭い視線を感じ前を向いた。

 「お前だって1人じゃ何も出来なくて助けてもらってるじゃねぇかよ」

 涙目になって未だに尻を押さえてる迫間は立ち上がり森末を睨み続ける。

 「ちょ、待って、はははっ!尻押さえて涙目でそんなこと言われても...あぁ、無理笑っちゃうわ。ダサくて」

 「てめぇっ!!」

 途端に顔を赤くする迫間はまるで猿のようであった。
 森末の隣にいた花崎はまぁまぁ、と迫間を落ち着かせようとする。

 「さっきからお前もうぜぇぞ、花崎!元はと言えばお前が俺にぶつかってきたから...」

 「迫間、ちょっと落ち着けよ。そろそろやばいって、こんだけ騒いだら教師が来ちまう。それに時間もやばくなってきたぜ」

 金魚のフンの1人がそう言えば、ぐぬぬ、と迫間も動きが止まる。
 見ればそろそろ昼休みも終わり午後の授業が始まる頃であった。

 「森末!次に泣くのはお前の方だからな!」

 負け犬の遠吠えとばかりに迫間はそう言い残し、金魚のフンを引き連れて自分のクラスがある方へと歩いて行った。

 「本当、暇な奴」

 蹴られた脇腹をさすりながら呟く。そんな姿を見た花崎は深くため息をついた。

 「森末の毒舌と喧嘩腰なその姿勢がなくなれば絡まれることもなくなると思うよ」

 「あー、無理。俺あいつの性格嫌いだから」

 「いやいや、迫間相手じゃなくても大抵毒舌でしょ。森末ももっと物腰が柔らかくなれば、顔もかっこいいんだし人気者になれると思うんだけどなぁ」

 花崎は森末の顔をまじまじと見ながら自己完結するかのように頷く。
 中性的なきれいな顔にそう見つめられれば森末の顔も徐々に赤くなってきた。

 「お前、本当女みたい」

 「でも身長は俺の方が2cm高いもんね」

 「そんなの誤差だろ」

 森末の肩を組み、わざとらしく花崎は上から体重をかけてくる。
 それに対して逆に組まれた腕と体を掴み軽く持ち上げてやれば花崎は嬉しそうに声を出して笑った。

 花崎は友人のいない森末にとって唯一の親友だ。付き合いも長く、小学校の頃からなのでかれこれ10年程だろうか。
 森末の難のある性格を物ともせず、花崎はいつだって明るく気さくに絡んでくれる。

 高校に入って迫間達に目をつけられてからというもの、ただでさえ近付かなかったクラスメイト達は殊更離れて行ったが、それでも花崎だけは変わらず親友でいてくれた。

 「でもよ、俺さ見た目通りこんくらいじゃへこたれない図太い神経してるから、そんないつも必死こいて助けに来てくれなくても大丈夫だぞ」

 不幸中の幸いか、この繊細さのかけらもない捻くれた性格が功を奏し、ちょっとやそっとじゃ傷つくようなことはなかった。
 強いて言えば暴力を振るわれた体は痛むが、結局のところ傷もそのうち治るからそこまで重く受け止めてもいない。

 そして森末のこの考え方、価値観が迫間の鼻につくのだがそんなこと森末は気がついていなかった。

 「馬鹿いうなよ、俺たち親友だろ。それにもしも俺が逆の立場ならお前は絶対に俺のこと助けてくれるだろ」

 「いやぁ、どうだろ。意外に見捨てるかも...」

 「はぁ?それは極刑!罰として俺のサボりに付き合え」

 森末の返答に花崎はわざとらしく戯ける。2人の間にあるこのふざけあいが森末は好きだった。

 「はははっ!嘘だって、そんな傷つくなよ、可愛い子ちゃん。でもサボりはありだな、どうせ今行っても遅刻だろ。入室許可証もらいに行くのもだるいし」

 「よしきた、悪い子ちゃん」

 コツ、と拳をぶつけ合う。そして2人は授業が始まり静かになった廊下を肩を組んで歩き続けた。



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