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初雪の下で




 「まさか、まひろも医者になってるとは思ってなかった、」

 休憩室にて。隣に座る伊吹は昔を思い出したのか、懐かしむように笑う。

 「お前は昔から俺と同じ考え方してたよな。もしかして、医者になったのもそうだったりするのか」

 苛立ちを隠そうとしないまひろとは打って変わって、伊吹は楽し気に話しかけ続ける。それはまるで、昔付き合っていたことを忘れてしまっているかのように。

 「お前って、そんな鈍感だったっけ。それとも無自覚?よく普通に話せるな。忘れたわけじゃないんだろ、俺とお前が昔―――――」

 「俺さ、結婚したんだ。もう、子供もいる。こんな俺でも妻子がいるんだ」

 「...っ、」

 全てを遮るかのように、拒絶するかのように、伊吹は自嘲気味に笑った。その目はまひろを見ていなかった。

 「あぁ、そうかよ。よかったな、俺も嬉しいよ。お前みたいな理由も言わずに恋人捨てるやつが結婚できてさ」

 まひろの嫌味を込めた言葉に、伊吹が応えることはなかった。謝りもしなければ、理由も言おうともしなかった。
 そのくせ、困ったように眉を下げ、ヘラヘラと笑う男にさらに苛立ちが積もっていく。

 「あれから何年も経って、少しはマシになったかと思ったけど、本当変わらないのな。悪いけど、今後一切仕事以外のことで俺に話しかけないでくれるか。お前と話してると苛々するから」

 「まひろ...、」

 呼び止めるようなその声に胸が高鳴った。そんな自分に嫌気がさす。理由も言わずに自分を捨てた男のことがこんなにも憎いと思っているのに、それと同じくらい、愛情が未だに残っているのだ。

 「曖昧な気持ちで俺に近づくな。もう、お前に振り回されたくないんだ」

 こんな年にもなって未だに恋人がいないのは伊吹のせいだ。伊吹がちゃんと振ってくれなかったから。諦めるような言葉をくれなかったから。―――だからいまだに自分は目の前の男を愛しいと思ってしまう。

 「まひろ、お前は恋人はいるのか?」

 「...なんでそんなこと聞くのさ。何、もしかして俺とやり直したいの?」

 今度はまひろが自嘲気味に笑う番だった。自分は何を言っているのだ、と。それを望んでいるのは自分の方だ、と。

 そうして訪れる沈黙のあと...―――

 「それは、できないよ」

 「...っ、何まじになってんの。冗談くらい上手く流せよな。そんなんじゃ院内でからかわれるぞ」

 伊吹の言葉を聞きたくなくて、耳を塞ぎたくなった。背を向け笑い声を上げるが、顔に笑みを浮かべることはできなかった。

 ― 訊かなければよかった、

 一瞬でも淡い期待を抱いたのがいけなかった。自分はもうすでに振られた身なのだ。それに加え、伊吹は結婚までして子供もいる。

 未だに未練たらたらで想い続けてる自分が愚かに感じてしょうがなかった。



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あきゅろす。
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