最後に笑うのは、 16 「あっ、そう言えばずっと携帯が鳴ってたけど大丈夫かしら、」 会計を済ませるために待合室の席で名前を呼ばれるのを待っていれば、隣に座っていた母はハッとした様子で鞄の中から俺の携帯を取り出し、渡してきた。 そこで漸く俺は目的を思い出し、背筋をヒヤっとさせた。 ― 日向に連絡をしていない、 時計の針は17時を指していた。約束の時刻はとっくに過ぎてしまっている。 携帯の中を見れば数十件にも及ぶメールと電話の履歴が残っており、それは全て日向からのものだった。 「ごめん、ちょっと電話してくる」 どんな要件なのかは分かっていたため、俺はメールの中を確認することなく外に出るとすぐに日向へ電話をかけた。 「も、もしもし日向、俺だけど...」 ワンコールで出たそれに、俺は唾を飲み込み言葉を紡ぐ。 いつもならないような履歴の件数は異様な雰囲気を醸し出していた。そのせいか変に緊張してしまって落ち着かず、目を泳がせる。 『すぐに俺の家に来い。20分以内にだ。いいな、』 「え、あっ...日向、あの...――― 、切れた...」 普段よりも少し低い声音。口調からしてもひどく日向が怒っているのが分かった。 病院から日向の家まで多分、バスで15分くらい。バスを降りたら10分弱歩かなくてはいけない。 どう考えても20分以内に行くなんて無理なことだ。 「あら、穂波。電話は大丈夫だったの?」 「っ、母さん、悪い。いくらかお金貸して!ちょっと友達のところに行ってくる、」 「友達の家ってあんた、まだ熱があるのに何考えて...っ、」 「いいから早く!急ぎなんだ、後でちゃんと連絡するから、」 再び心配気に眉を寄せる母を急かす。千円札を一枚貰うと乱雑にスウェットのポケットの中へしまい、俺は走った。 その瞬間、倒れる前にも感じた吐き気と頭痛が俺を襲う。朝よりは大分マシになったが、それでも走っている途中何度も意識が飛びそうになった。 後ろで母の叫ぶ声が聞こえた気がしたが、それでも俺は振り向くことなく走り続けた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |