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リクエスト小説




 兄貴である歩の誕生日。その日は吐き気がするほどの偽りの愛で包まれた最悪な日であった。
 耐えられなくなり外へ出て行こうとするが、追いかけてきた歩によってそれは防がれてしまう。
 それに加え強引に歩の部屋へ連れていかれ、閉じ込められてしまった。

 きかされるのはいつもの気味の悪い妄想話。いい加減そんな話に付き合うのも限界だった。

 「俺はあんたが嫌いだ。あんたのすべてが嫌いだ...イラつくんだよ、兄貴がいるせいで俺はまともな生活さえできない。あんたのせいで全てが狂っていくんだ!!あんたなんかいなくなれば良いのに!そしたら...そしたら俺は...ひっ、」

 あふれ出る感情をぶつけた。だが...

 「じゃあ、具体的にどうしたら僕のことを見てくれる?僕だけを愛して、僕のことだけを考えてくれるんだ」

 やはり、兄貴は兄貴だった。目の前にいるのは狂った人間。

 ― それじゃあ、死んでくれよ...っ、

 思わず出そうになったのはそんな言葉。だが寸前のところで渉はその言葉を飲み込んだ。

 「んなの...自分で考えろよ!あんたのせいで俺もおかしくなっちまいそうだ...あんたのことで悩んでいる毎日に疲れた、いい加減にしてくれ...っ、」

 「渉...」

 そうして瞬きを1度して再び歩を見た時、その表情はいつの日にか見た、優しい兄だったころの面影に包まれていた。

 その姿を見て生まれたのは望み。だから優しく抱きしめてきた歩を、渉は突き飛ばさなかった。

 ― それが本当の悲劇の幕開けだったとも知らずに。

 「可哀想な渉。大丈夫、どんな渉でも僕はずっと...――― 一緒にいるよ」

 その言葉に体が硬直した。

 「ちがう、俺は...っ、」

 「お前の味方は僕だけだよ」

 押し倒される体。だがベッドの上だったために強い衝撃はなかった。服を脱がされ、体中に熱い印をつけられていく。

 ― 何もわかっていない。目の前の男に、普通の言葉は通じないのだ。

 そんなこと、分かっているはずだった。兄に対して希望は持ってはいけないのだと。
 まるで愛を再確認されるような性行為が始められる。今の渉にはそれに抵抗する気力など微塵もわかなかった。性器を舐められ、強制的に快感を与えられる。
 全てを諦め瞼は閉じていた。何も見たくなかった。


 「きゃああ!!何、やってるの...っ、」


 鍵で閉められていたはずの扉が開き、中をのぞいたひよりの悲鳴を聞くまでは。

 「ひよ、り...」

 歩に抱かれている姿のまま、時が止まってしまったように感じた。ついに、予期していた、最悪な事態が今、起きてしまったのだ。

 「あぁ、おかしいな。鍵は閉めていたはずなのに」

 困ったように、そう呟く歩の表情は歪みに満ち溢れ、そして幸福に包まれていた。
 目を細め、妖艶に微笑む歩に、渉は絶望することしかできなかった。

 渉の気が付かぬ間に、歩はわざと閉めたはずの鍵を開けていたのだ。そうして奪ったのは渉の僅かな...小さな光。

 「何事ですか!悲鳴なんて上げて、何が...なっ、」

 ひよりの悲鳴でバタバタと足音が近づき、部屋には2つの影が増えた。
 見られていた。凝視されていた。異常なものを見ているかのように、3人の目はみな、見開かれていた。
 父親も母親も...そして、ひよりも。隠されていたはずの禁忌ともいうべき、行為がばれてしまった。あるのは驚愕に染まった沈黙だった。

 「大丈夫だよ、何があっても僕は渉から離れたりしないから安心して。もう渉は何も悩まなくていいんだ」

 耳元で紡がれる言葉。それは悪魔の囁きだった。


 ―――


 ―――――


 ―――――――


 「渉、今日は休みの日だから、ずっと一緒だ」

 ソファの上、ベタベタと歩は渉に密着し、体温を分かち合う。同じ空間には父と母の姿。しかし、2人のそんな異常な姿は見て見ぬふりをし、“休日の朝”を過ごしていた。

 ― 渉は、売られたのだ。兄への贄にされた。渉さえ与えられていれば歩はいつもの“自慢の息子”“自分たちに有益な人間”となって、生活するのだから。

 2人の関係をどうにかしようとは微塵も考えていなかった。渉には期待もしていなかったのだ。歩に渉を差し出すのに、時間はいらなかった。

 「おはよう歩兄さん。ねぇ、今日もそれとずっと一緒なんだ」

 居間にやってきたのはひより。歩には明るい、太陽のような笑みを、そして“それ”と言って渉には侮蔑の瞳を向ける。それに対して歩はただ微笑み、渉に啄む様なキスをした。

 渉の顔には、つくられた笑顔が張り付けられていた。その瞳は歩を見つめ続ける。
 光を奪われ、絶望に追い詰められた渉だが、死への恐怖から自殺することができなかった。

 「“愛してるよ”」

 そんな渉には歩の愛玩人形となる道しか残されていなかった。

 「“兄さんのおかげで毎日が幸せだ”」

 そうして、渉もまた幸福に包まれた。



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