リクエスト小説
3
その瞳はあいつとよく似ていた。ゾッとするほど暗く、歪んだ瞳。叶江と瓜二つのその瞳に目を奪われ、俺の思考は一時停止する。
「ずっと考えていたんだ、千麻君のこと。好きで...好きで好きで好きで。だけど親の会社が倒産しちゃって、僕ここにいられなくなったんだ。でも僕は千麻君と離れたくない。ずっと一緒にいたいんだ。」
うすら笑いを浮かべる男は俺から1ミリたりとも視線をずらすことなく、1人俺に語りかける。
男に隙ができた。それなのに俺の体は動かない。
その瞳から視線を逸らすという行為に対して恐怖が生まれつつあったからだ。
俺の心の奥深くに刻み込まれたトラウマが胸を締め付け呼吸を乱す。
「だから、一緒に死のう。そしたら僕たち、ずーっと一緒だよ。ねぇ、千麻君もそうなったら嬉しいでしょ。」
「大丈夫。あまり苦しまないよう、気絶した千麻君の喉をこれで掻っ切ってあげるから。」スッと男がズボンのポケットから出したのは小型のナイフ。喉を掻っ切るには十分の鋭さがあった。
「っ、」
言葉は出ない。いつもの冷静な判断ができない。
落ち着いて、まずはこいつを説得すればいい。そうして時間稼ぎをしてその間に綾西をこちらに走ってこさせる。
そうすることが一番だ、とわかっていても行動に移すことができない。
ただただこの場から逃げ出したい。あの瞳から逃げたい。そのことばかりがグルグルと頭の中を駆け回る。
「わかってくれた?....――だったら、動かないでじっとしてて、っ」
再び振られるバット。頭を狙ってきたのであろうそれを俺は反射で避ける。
「...ぁっ、」
しかし、避けた先にあった器具に足元をとられ、バランスを崩したさいに持っていた携帯を落としてしまった。
落ちた携帯はスルスルと滑り、後ろの方へと行ってしまう。
急いで俺は携帯を拾い上げようと男との距離を確認して重い足を動かし駆けだした。
このまま綾西に連絡をとろう。それに上手くいけばこのまま入口の方まで走って逃げることができる。
視線が向かう先は床に落ちた携帯とその先にあるここを出るための扉。
―逃げるのは本望じゃないがこんな状況じゃ、しょうがない
ドクドクと五月蠅くなる心臓。少し体を屈め、手に取るのは目的のもの。
そして次に向かう先は....
「う゛っ...!!」
ガッと突如後ろから襲いかかる打撃。頭を強く殴られたせいで、俺の体は前のめりに倒れていく。
意識はハッキリとしなくなり、視界はかすむ。
「さぁ、いっしょに死のうか」
最後に聞こえたのは歓喜に満ち溢れた男の声だった。
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