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協和音
14



 「渉君、どーしてこんな時間にプラプラしてるのかな」


 「...土屋、」


 誰とも会いたくなくて人通りの少ない旧校舎の方へと来たのだが着いてすぐ、若い男の声に呼び止められた。
 振り向けばそこには最近来たばかりの教育実習生の土屋という男がいた。
 女子生徒からはかっこいいと人気で男子生徒からも人柄の良さからか、人気である男。


 「おいこら、せめて“さん”をつけろ。土屋じゃなくて土屋さん、な。先生ってつけるのが嫌だったら」


 そういい俺の不意をついて肩を組んでくる土屋を横目で睨みつける。

 土屋は兄貴の同級生らしく、なぜか俺が兄貴の弟だということを知っていたこいつはここに来た当初から無駄に俺に絡んできた。

 どうせ俺をだしに兄貴と仲良くなろうとしているのだろう、とこいつの意図を把握している俺はいつも相手にしないのだが、こいつはそんなことも気にせず俺に近づいてくる。


 「どうせサボりなんでしょ?だったらさ、俺とゆっくり腹を割って話そうよ」


 「“先生”がそんなこと言っていいのかよ?それに俺はあんたと話すことなんかないから」


 トン、と軽く土屋の体を押し、距離をとると一瞥しそう言葉を吐き捨てる。
 そして立ち去ろうと土屋に背を向け一歩踏み出したのだが、俺は次の一歩を踏み出すことができなかった。


 ――土屋に強く腕を掴まれたせいで。


 「そんなこと言わないでさ、なぁ...交流を深めようよ、渉君」


 「...ちっ、」


 いつにも増してしつこい土屋に俺は舌打ちする。


 「しつけぇな...何、あんたも兄貴のことについて俺に話があんのかよ」


 きっと兄貴の誕生日だからこいつも今日はしつこく絡んでくるのだ。何か渡してほしいものでもあるのだろう。

 さっさとこいつから離れたかった俺はそう思い、「兄貴に渡すもんあるなら早く持ってこい」というのだが、当の本人は俺の発言に対してキョトンとした顔をしていた。


 「歩のことについて話すことなんかないけど...渡すもんも、何もないよ?」


 「は?...変に誤魔化すな。あんたも今日は兄貴の誕生日だから――」


 「え、ちょっと待って、なんか勘違いしてない?本当に俺は別に歩にはなにも用事はないよ。てか歩の誕生日が今日だったっていうのも今、初めて知ったし」


 「...それ、マジかよ」


 「本当本当!こんなことで嘘なんかつかないって。俺はただ渉君と話したいだけ」


 そう聞いた瞬間、俺は土屋を見る目を少し和らげた。

 ――こいつは“兄貴の弟”である俺を見ていたわけではないのか...?


 「ふーん...それならいいけど」


 「...と、いうことで、ちょっと俺につきあってよ。誤解も解けたことだしさ」


 「それとこれとは話が違う」


 俺のまとう雰囲気が変わったことに気がついたのか、途端に土屋はなれなれしくまた肩を組んでこようとしたが俺はスルリとそれを避けた。

 しかしすぐそこから立ち去ることはせず、俺はポッケから携帯を出すとズイと土屋の前に突き出した。


 「直接あんたと話すのは嫌だけど、機械越しのコミュニケーションなら別にいいぜ?」


 そしてその言葉の意味を理解し笑顔を浮かべる土屋に俺はニヒルな笑みを返した。



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