- Distance -
(1)
暗く狭い部屋の中で、鎖に繋がれ彼女は暮らしている
部屋の広さは二メートル四方ほどだろうか。
広い屋敷の一角、豪華な調達のユニットバスの隣である。
成人する前から、もう七年間もこの部屋が彼女の仕事場であり、住まいであった。
彼女は黒いブラウスとスカートの上に白いエプロンドレスを着ている。
ところどころフリルでアクセントを付けた、清楚で可愛らしい衣装だ。
長い黒髪の上には白いヘッドドレスが乗っている。
これは、この屋敷に仕える家政婦の制服だった。
ただ、彼女の格好が他の家政婦と違うところは、首に皮の黒いベルトをしているところである。
いわゆるこの「首輪」は彼女の「動物以下」という身分を象徴するものであった
彼女にはここ三ヶ月ほど仕事がなかった。
それでもちゃんと食事を取らせてもらえる。
壁の上の方に付いた、小さな窓からは外の風景を眺めることもできた。
首輪と左足に結ばれた鎖は、隣のユニットバスに用を足しにいけるほど長さにゆとりがあり、部屋の中では自由な姿勢になれた。
百七十センチ近い長身である。
普段は跪(ひざまづ)いているが、時折、すらりと長い脚を投げ出したり、立ち上がって伸びをした。
「ユエ、今帰ったぞ!」
夕方近く、部屋へ近づく足音とともに懐かしい声がした。
ぴくんと頭を上げると、何もすることが無く淀んでいた彼女の瞳に、みるみる精気がみなぎってきた。
彼女はドアのほうに向かって跪くと、急いで絡まった髪に手櫛を通し、ヘッドドレスを直して、それが開かれるのを待った。
ドアが開くと、三ヶ月間心待ちにしていた人物の笑顔が目に入った。
いまだ少年の面影を残しているが、しばらく見ないうちに、その笑顔はいくらか逞(たくま)しく、男っぽくなったようにも感じる。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
両手を着いてうやうやしく頭を下げた。
「ああ、久しぶりだな。退屈していただろう」
青年はそう言ってしゃがむと、彼女の端正な顔をじっと見つめた。
ユエは見つめられ少し頬を紅潮させてうつむいた。
「下を向くなユエ、美しい顔をもっと見せてくれ」
青年は下からユエの顔を覗き込んだ。
本来なら、彼女の小さな顎に指を当て上を向けさせたかったが、身分の違いから、彼らは指一本触れることすら許されていなかった。
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