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サキュバス日記
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 サキが『職場』に着くと、首からぶら下げた携帯電話を見て『世話役』の田島亮太(たじま りょうた)が声をかけてきた。
 高級ホテルの一室である。

「お、携帯買ったんすか?」

 なにしろ身に付けているものが携帯電話ひとつなのでよく目立つ。

「うん、貴志田サンに言ったら買ってくれた」

「へえ……」

 田島は「それなら会話とか全部記録されてる上、居場所もしっかり把握されてるんだろうな」と思ったが口には出さなかった。

「この紐、ネックストラップっていうんだよ」

「それは知ってますよ」

 田島は今年三十歳になるが、彼女に対しては「悪魔年齢」を考慮して、自分より年上とみなし敬語を使っている。

「そういえば、サキさん、彼氏見つかったそうですね」

「うん、あんまり貴志田サンたちの世話にはなりたくなかったんだけどね……」

 サキは長年探し続けていた片想いの相手を見つけたにしては浮かない顔をしていた。

「良かったじゃないですか! ひとりで探してたらいつまでかかるかわかんないですよ」

「そうだね……でもこれで、昼間も監視され続けるってことなんだ」

 そして、人質を取られていることにもなる。

「ああ……なるほど」

 もっとも、人間としての情愛など『彼女』にとってどれほど重要であるのか、田島には見当もつかなかった。

「さて、お仕事、お仕事、今夜もたっぷり搾り取っちゃうぞ」

「張り切りすぎて殺さないように気をつけてくださいよ」

 田島が世話役になって一年になる。
 特定の人物との関わり合いを避けてきたサキにとっては、これでも「長い付き合い」と言えた。



 サキと田島の第一印象はお互いあまり良いものではなかった。
 田島はとある民間の組織の構成員である。
 初めてこの仕事を請け負った日は出向というかたちでこの現場に来ていた。
 「別荘」と呼ばれる高級ホテルの一室であった。
 豪華な内装の広い部屋で彼はソファに座っていた。
 右手のソファにはこの現場の上司である貴志田庸介(きしだ ようすけ)が座っていた。
 田島と違いスーツ姿がよく似合っている。すらりとした長身で、きちんとセットされた髪と銀縁眼鏡がインテリっぽい。年齢は、若く見えるが実際には自分よりひと回り上の四十くらいではないかと田島は踏んでいる。国家公務員らしいが詳しいことは聞かされていなかった。
 隣の部屋からドアを開けて女が入ってきた。
 全裸だった。
 それを隠す様子もない。
 見惚れるほど見事なプロポーションだ。
 異様なのは長い髪から脚の先まで全身が粘液にまみれてヌメヌメと光っていることだった。それらの多くは股間からあふれ太腿の内側を流れていた。

「まったく薬や妙な機械まで使って……三人がかりならなんとかなると思ったのかねぇ?」

 女のぞんざいな言葉が気に食わず田島は立ち上がった。

「おい、口の利き方に気をつけろよ。あの方たちを誰だと思ってるんだ」

「その前にあんただれ?」

 田島は職業柄「強面」だが、女は気にする風もない。

「おい、よさないか」

 貴志田が座ったまま間に入った。

「新人の田島だ。前のやつは、まあいろいろ事情があって辞めてもらった」

「秘密を漏らしそうだから殺したの? この仕事、結構お金になるんでしょう? あの子、口軽そうだったものね。あたしにくれれば気持ちよく食べてあげたのに」

「ごちゃごちゃ口出してんじゃねえぞ、クソアマ!」

 田島が吼えた。
 隣室には「あの方たち」がいるので音量は抑えていたが常人であれば震え上がるほどの迫力だった。

「うるさいわね。今日はクソプレイはしてないわ」

 しかし、女にまったく動じる様子はなかった。

「あんまりうるさいと吸い殺すわよ、坊や」

「なんだと!? 調子に乗るんじゃねぇぞ、この売女が……」

 まだなにか言おうとしている田島の股間を女がズボンの上から掴んでいた。
 田島には武道の心得があったが、女の挙動にまったく対応できなかった。素早く動いたわけでもないのに、まるで空間を無視したようにすっと間合いを詰めてきた。人間とは思えない動きだった。

「ううっ……うっ……」

 振りほどこうとするが、躰がいうことをきかない。
 これまで経験したことのないような快感が襲ってきて全身が痺れていた。
 掴まれただけで射精していた。それも尋常な量ではなく、みるみるうちにズボンに染みが広がっていった。
 女は空いた手でベルトを手品のようにするりと外すと、ジッパーを下ろし、パンツからガチガチにいきり勃った一物を引き出した。
 あらわになったモノをしごくと先端から勢いよくビュウビュウと粘液がほとばしる。
 
「うああああああああ!!」

 さらなる快感に田島は叫んだ。
 膝がガクガクと震えた。
 まだ立っていられるのは寄り添う女が支えているからだった。
 射精が止まらない。
 これ以上出し続ければ間もないうちに死ぬと思った。

「ああ……いいわ、その表情(かお)」

 扱く手を休めず、女が顎のすぐ下から顔を覗き込む。
 このままでは死ぬ、しかし、快感はなおも高まっていく。田島は死の恐怖と快楽の入り混じった表情をしていた。
 この女でなければ作り出せぬ表情だった。

「ねぇ、死んじゃう? 気持ちよすぎて死んじゃう?」

「おい、もう勘弁してくれ、本当に死んじまう」

 さすがにこれ以上はまずいと思ったのか、貴志田が立ち上がった。

「あたしは構わないよ。人間を殺すのは、あんたたちが牛や豚を食べるのとおなじ感覚だから」

 そう言いながらも女は肉茎をしごく手を止め、手の甲にたっぷり着いた粘液を口もとに運んだ。
 支える力が無くなると田島はがっくりと膝をつき、白濁の床に倒れこんだ。

「最近、年寄りばっかり相手にしてたから若いエキスは美味しかったわ」

「し、死んだのか?」

「ううん、貴志田サンが『殺すと面倒』だって言うから生かしといた」

「そうか……」

 それが、田島亮太とcode:Sakiこと薄葉早希(うすば さき)の出会いだった。



 あんなに恐ろしく、気持ちのいいことは初めてだった。
 あとで思い返してなにより恐ろしかったのは射精している最中に「このまま死んでもいい」と思うようになっていったことだった。
 病室で点滴を受けながら田島は躰を震わせた。

「少しは『彼女』の怖さがわかっただろう。これからは気をつけることだ。我々は決して気心の知れた間柄ではない」

 見舞いに来ていた貴志田が言った。
 あの女が何者であるのか、ざっくりとは聞いていたが身をもって経験したわけだ。

「俺を坊や呼ばわりしてたが、あいついくつなんですか?」

「もうすぐ二十歳だ。人間年齢ではな」

「人間年齢?」

「それ以前に何年、何百年生きていたかは知らん」

「……何百年」

「もう少し話しておいてやろう」

 貴志田がベッドの横の椅子に腰掛けた。

「古くから政府には奴らに対応する専門の部署があった。しかし、少し前にたったひとりの『個体』に一瞬で壊滅させられた」

「それが、あの……」

「いや、その個体は伝説にも名を残すほどの強大なやつだ。彼女ではない。奴らは個体差が激しく彼女の力はまだ未知数だ。だが、同種である以上決して侮れん」

「確かに、思い出しただけでもぞっとする」

 田島はまた躰を震わせた。

「そんなに昔からいるやつに対抗する術は無いんですか?」

「かつては封印することもできたそうだが最近の記録には無い。近代兵器がどれほど効果があるのかは不明だ」

「人間には太刀打ちできない、と?」

「だが、好きにさせれば無差別に被害が出るため放っておくわけにもいかん。しかし、敵対すればまた相応の被害が出るだろうし、派手にやって公になれば大きな混乱を生むだろう。人間は食物連鎖の頂点が自分たちではなかったと知ることになるからな。まったく面倒な連中だ」

「数は多いんですか?」

「多ければ人間が滅んでしまう。二、三の案件はあるが行動まで把握しているのは彼女だけだ」

 貴志田は椅子の背もたれに寄りかかると天井を仰いで「ふぅ」と息を吐いた。

「彼女は『人間の部分』が強い。なので、なんとか『共生』できないか模索しているところだ」

 相当頭の痛くなる案件を任されていることは田島にも理解できた。

「食物連鎖の頂点か……」

 田島は貴志田ほど責任がない。
 もともとアウトサイダー的な性格であった彼には、なかなか魅力的な言葉に聞こえた。



 彼女は淫猥で美しく、怖ろしい。
 そして、その個体数の少なさからあまりにも孤独であった。
 しかし、気さくで明るい性格もあってか、話をしていても得体の知れないバケモノというイメージはそれほどない。
 やがて田島は食物連鎖の頂点である彼女に、同情と畏敬の念の混じった複雑な感情を抱くようになっていった。


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