サキュバス日記
愛が足りない
○月×日
バイトから帰ってくるとサキュバスが夜食を作って待っていた。
バイトの前に軽くなにか食べてはいるが、ひと仕事終えたあとなので助かるといえば助かる。
昼間、テレビの料理番組を熱心に見ているらしくレパートリーは増えつつあった。
本物の薄葉早希(うすば さき)であれば、勉強家で手先は器用なはずだった。
今夜はオムライスだ。生意気にもケチャップで「LOVE」と書いてある(Oは斜線で塗りつぶしたハートマークだ)。
「食材無くなったからなにか買ってきて。ユウくんが好きなものであたしが作れそうなやつ」
「ああ」
ケチャップをスプーンで塗り広げながら返事をした。
「お前は食べなくていいのか?」
「うん、あたしは人間の食べ物は無くても全然平気だから」
サキュバスは例によって向かいに座ってテーブルに胸を乗せ笑みを浮かべていた。
「最近はお煎餅も食べてないの。ユウくんがいつスカトロ系のプレイとかしたくなってもいいように、お腹の中は綺麗にしとかないとね。ほら、たまに浣腸とかしたくなるでしょ?」
「したくなる予定はないがな。それから……」
「あっ、ごめん。食事中にエロい話は無しだったね。浣腸もエロの内か……」
「本来はエロじゃないが、どっちにしろ食事中は無しだ」
「はぁい」
食べ終わるとちゃんとあとかたつけもしてくれる。
押し入り強盗……もとい、押し掛け女房のようだ、と裸にエプロンを着けた後ろ姿を見ながら思った。普段が裸なのでエプロンを着けると必然的にその格好になる。狙ってやっているわけではないようだ。
先日ネット通販で購入した服の中に部屋着は入っていない。サキュバスはこの部屋に住んでいないことになっているので、仮に昼間来客があったとしても対応することはなく、部屋着は必要ないことになった。
夜中、ベランダから出て行くことはあるが、飛び立つ姿はどういうステルス効果があるのか誰にも見つかることがなかった。
誰にも見えないということでひとつ不安になるのは、もしかするとこいつは頭の中にしか存在しなくて、本当は自分だけが部屋でぶつぶつと独り言を言ってるのではないかということだった。
そういった精神障害を以前映画で観たことがあった。
統合失調症と言ったろうか、いま目の前であたかも知人ように振舞っているエド・ハリスは実際には存在しないのだ。
「えど……なぁに?」
洗い物を終えエプロンを外したサキュバスがドスンと後頭部に胸を押し付けてきた。
「いや……独り言」
「ふーん。あ、そういえば、あたしここのお家賃払ってないんだけど」
「いいよ、食費はかかんないし、光熱費もわずかなもんだ」
実際、風呂も外から帰ってきたときに「入ってきた」と言ってほとんど使っていなかった。
「えー、でも、お洋服も買ってもらったし」
「そのくらいいいよ。それに払うと言っても、お前、財産あるようには見えないんだけど」
なにしろ「裸一貫」をここまで文字通りに再現した者をほかに見たことがない。
「だーかーらー! そこはユウくんが『躰で払えーっ』って言うところでしょ」
「ああ……」
なるほど、そっちに持っていきたかったのか。
「ひとつ屋根の下に住んで、掃除洗濯してご飯作って、(服代と家賃の代わりに)セックスして……って、あれ、これもう夫婦? あたしたちもう夫婦?」
サキュバスは首に手をまわしてグイグイと胸を押し付けながら喜々として言った。
幼馴染みの面影を残す顔が横から覗き込んできた。
長い黒髪が肩からこぼれる。
「ねぇ、これってもう夫婦だよね!」
「いや……なにか足りない」
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