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サキュバス日記
Succubus meets Angel (2/2)

 女の腰が前後に動き、ごすごすと内壁を抉(えぐ)る。
 その度に、快楽とともに無尽蔵の生命力が注ぎ込まれた。

「ああ……いいわ。未成熟なのに……さすが小悪魔ちゃんね。人間なんかよりずっといいわよ」

 女が甘い吐息を漏らした。
 男の死体の上で犯されている
 これまでのふたりの男は底の浅い井戸だった。本気で生気を汲み上げればすぐに枯渇した。
 しかし、この女は底なしの沼だった。
 海と言うべきかもしれない。
 否、もっと広大な――。

「ち……き……う」

 早希は天井の一点を見つめたまま呻いた。
 惑星まるまるひとつぶんのエネルギーをねじ込まれているようだった。

「ひぃいいいいいい!」

 早希は悲鳴を上げた。そんなものがこの小さな躰に入るわけがない。
 悲鳴を上げながら失禁した。
 失禁しながら絶頂をむかえた。

「あらあら……どうしたの? おしっこもらして」

 女はせっせと腰を動かして少々呼吸を荒げながらも、あいかわらずのんびりとした口調で言った。

「だいじょうぶ? おっぱい揉む?」

 女は早希の両手をとって自分の胸に押しつけた。

「どう? おちついた?」

 早希はわけもわからず胸を揉みながら頭を左右に振った。

「あら、そうなのね。おっぱい揉むとおちつく人って多いのよ。あなたは女だけどまだ小さいから母親とか思い出してべつの意味でおちつくと思ったんだけど」

「うう……」

 早希はそう言われてよけいに涙と鼻水をあふれさせた。

「……ママ……パパ……おばあちゃん」

「あらあら、逆効果だったかしら……なにか悲しいことを思い出したのね。じゃあ、気持ちいいことだけ考えましょう」

 女の話しかたはあいかわらず鷹揚だったが、下半身の動きは容赦がなかった。
 女が両手で早希の頭を包む。
 すると早希の表情が緩んだ。
 恐怖で涙を流しながらも、口もとはだらしなく開かれ唾液と笑みを漏らした。

「イヒ……ウェへ……ヘ……」

 強制絶頂――脳内で快楽物質が炸裂し、本人の意志に関係なくたて続けに昇りつめていった。
 股を大きく広げられ、ずん、ずん、と突かれるとその度に大樹から発せられる生気が全身を満たす。
 それは早希の体内にはおさまりきらず、いまにも肉を裂き皮膚を破いてあふれ出しそうだった。

「いいわ……あたしも、もう……イキそう!」

 女が腰の動きを早める。
 さらなるエネルギーが射精という手段で注ぎ込まれようとしていた。

「出る!」

 大樹が爆ぜた。
 ついに実体のあるエネルギーが大量の白濁液となってドクッ、ドクッと放出された。
 大樹は早希の躰を持ち上げんばかりの勢いで脈動し、その度に粘液を注ぎ込んだ。

「ひぎゃああああああ!」

 早希は自分の躰がカエルのように膨らんでいまにも破裂するような錯覚をおぼえて叫んだ。
 「んっ、んっ」っと女が呻くたびに早希の体内は精液で満たされていく。

――溺れる!

 早希は「うげっ、うげっ」とむせて、次々に注ぎ込まれるエネルギーを吐き出そうとしたが、口からは涎しか出ない。

「全部飲み干そうとしちゃダメよ。パンクしちゃうわ」

 女は早希のあまりに苦しそうな表情を見て、膣内からペニスを引き抜いた。
 射精はまだおさまらず、粘液まみれの肉塊を手でしごくと、ビュウビュウと白い筋が勢いよく飛んで少女の顔や胸に浴びせられた。

「うぶぁっ……げはっ、げはっ!」

 早希は顔を背けて咳き込む。
そのたびに秘裂からはゴバッ、ゴバッと白濁液が噴き出した。

「ふぅ……ひさしぶりにいっぱい出したわぁ。たまには射精もいいわねぇ」

 ようやく射精の脈動がおさまると女はザーメンまみれの早希を満足気に見下ろして言った。

「小悪魔ちゃんもあたしのペニスを堪能した?」

 早希はきつく目を閉じて白濁液で染まった顔をブルブルと左右に振った。

「うそ、イキまくってたじゃないの」

 女は手を伸ばし、早希の目が開けられるように粘液を指でぬぐった。
 早希は薄目を開けて女を見た。

「どうしたの、そんなに怯えて?」

 女がたずねるとおり、早希の目は怯えきり躰は小刻みに震えていた。
 生命力を奪われることもおそろしいが、許容量をはるかに超える量を注がれることもまたとてつもなくおそろしい。
 早希は幼くしてそのことを知った。この女と出会わなければ永遠に知ることはなかっただろう。
 女は早希の頬を両手で包み込むと、精液と涎でぬるぬるの口に自分の唇をかさねた。薄葉早希のファーストキスの相手は、天使を自称する女の姿をした得体の知れないモノだった。カチカチと鳴る歯をしばらく舐めわまして女は唇を離した。ふたりの間に唾液と精液の混ざった濃密な液体が糸を引いた。

「いいわ……すごくいい。感情が揺さぶられる」

 女は糸を垂らしたまま言った。

「あたし……あなたのこと好きになったみたい。あたしロリコンだったかしら?」

 女は早希を見つめていた。

「いいえ、これは……母性? あたしのなかに新しい感情が生まれたの?」

 早希にはなんのことだかわからなかった。
 女は早希を抱き起こすと、その幼い躰をかたちのよい胸の間にぎゅっと包み込んだ。
 しばらくいとおしげにそうしていたあと、女はふと顔を上げた。

「雨、あがったわね」

 激しく小屋を叩いていた雨粒の音が聞こえなくなっていた。
 女は早希の手をとって小屋の外に出た。
 早希はあいかわらずその女に恐怖を感じていたが、その手を振りほどく勇気はなかった。
 あたりは暗くなりつつあり、厚い雲の隙間には星の光がちらほら見えていた。
 ふたりは全裸のまま膝を抱くようにして座り、暗い森をながめていた。

「エンジェルさんって……ほんとうに天使なの?」

 しばらくそうしていて、早希はやっと言葉を発することができるようになってきた。

「そうよ、見えないかしら?」

 見えなくもなかった。
 輝く長い金髪、慈しみ深いまなざしと声、やや胸は大きめだが均整のとれた容姿、それらが人間を超越したレベルで統合され、まさに想像していた天使の姿そのものである。
 そして、それとはべつに、こんなおそろしいものが人間であるはずないと内なる声が叫んでいる。

「は、羽根とかあるの?」

「あるけど……闇の住人には刺激が強すぎるから見ないほうがいいわよ。失明するかも」

 女は微笑んでいたが、早希はそれが冗談ではないと理解した。

「ほんとうの名前はあるの?」

「あるけど、本名で呼ばれるのあんまり好きじゃないの」

「……」

「エンジェルさんが変だったら、べつの呼び方でもいいわよ。サキちゃんだけが呼んでくれる名前があるって素敵だわ」

「ええ……と」

 早希は口ごもった。
 呼び方と言われても、女とこれから仲良くしていく予定もないのだった。

「あれはなあに?」

 女が指差した先に獣の親子が数匹列をなして歩いていた。

「イノシシ」

「イノシシか、小さいのは可愛いわね」

「小さいのは、ウリ坊」

「ウリボウ? ちょうどいいわ。ウリボウって呼んで」

 「ゴールデンビューティー」とか「ホワイトエンジェル」とか思い浮かべていた早希には、なにがちょうどいいのかわからなかった。

「じゃあ……ウリボウ」

「うん」

 見た目に似つかわしい名前とは思えないが本人がそれでいいと言うならいいのだろう。

「あの、ウリ坊は……その……」

「なあに?」

 早希が口の中でなにかもごもご言うので、女は耳を寄せた。

「し、死んだ人を生き返らせたりできるの?」

 早希が小屋の中のふたりの男のことを言っているのは女にもすぐにわかった。

「残念だけど死んじゃった者を甦らせることは天使にもできないの。魂が去ってしまった肉体はただ朽ち果てていくのみよ」

「……そう」

 意気消沈している早希に女はつづけて言った。

「あまり気に病まないほうがいいわ。あなたはこれまでに牛や豚を食べてきて、そのことで多少の罪悪感はあったとしても生きるためといって折り合いをつけてきたでしょう。これからもそうするだけよ」

「人を殺してまで……生きていたくない……」

 そう言いながら早希はふたりの男を吸い殺した罪悪感がもうすでに薄れてきているのを感じた。
 あまりに非現実的なことなので実感がわかないだけなのか、それとももうこの女の言うサキュバスとしての生き方に慣れてきているのか少女には判断できなかったが。

「大丈夫よ。慣れれば殺さない程度に精気を吸うこともできるようになるわ。そして、代わりに人間では味わえないような快楽を与えてみんなから喜ばれるようになるわよ」

「そう……なの?」

 早希はそんなふうになれる見込みをまだ感じなかったが、生きるためにはその技術を身につけなければならないと思った。
 これまで知っていた現実から切り離されて、まったく足もとが定まらない、そのうえ両親の擁護もない状態にただ不安と恐怖しか感じなかった。
 うつむいていた早希がふいに顔を上げた。
 少女の名を呼ぶ声が遠くに響いていた。
 聞き覚えのある声だった。

「うぅ……」

 早希の目から涙がぼろぼろとこぼれた。

「ゆうくん……」

 幼なじみの声だった。
 昨日も聞いた。毎日探しにきてくれているようだった。
 しかし、生きるために人を殺すこんな化け物になってしまったいま、会うことはできなかった。
 いちばん嫌われたくない相手だったのだ。

「ここは目立つから定期的に見まわりが来るでしょう。見つかりたくないなら離れたほうがいいわね」

 女が立ち上がって早希に手を差し出した。
 早希はその手を取るかどうか迷った。
 いまの状況を打開するにはこの不思議な女の力があったほうがいいとは思えるのだが、やはりその存在は脅威でもあった。
 そして、ふとお互い全裸であることに気がついた。

「着るものはウリボウが調達してあげる」

 女が手を伸ばしたまま言うと、早希は名前と容姿のギャップに、いまだ涙を湛(たた)えたままの瞳で思わずクスリと笑った。
 見た目に天使のような女の口から聞くと余計におかしかったのだ。

「笑顔も可愛い〜」

 女は早希を抱き上げると、ふたたび胸の間に包み込んで、躰をくねらせて嬌声をあげた。



 これがサキとエンジェルさんの出会いだった。
 頼りたい気持ち半分、逃げ出したい気持ち半分の早希には、この先長い付き合いになることなどまだ想像もできなかった。



 翌日、小屋で発見された男たちの変死体は、世間には「体力の消耗と雨による衰弱死」と発表された。
 そう発表させた者、そしてその発表に疑問を持った者のなかには、それが人間ならざる闇の住人の仕業と知る者もわずかながら存在した。


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