サキュバス日記
淫魔の微笑
○月×日
バイトを終えてアパートの部屋に帰ってくると、悪魔が手料理を作って待っている。そんな非日常的なことが日常になってきた。
帰宅するとサキュバスはぱっと花が咲いたように笑顔になりじゃれついてくる。その無邪気さが(悪魔が無邪気というのも矛盾しているが)なにかに似ていると思っていたが、動画で観た飼い主大好き犬や猫に似ているのだ。
それから夜中「仕事」に出て行くまでずっと笑顔である。
ここのアパートの壁は防音がしっかりとしているようで、会話やサキュバスがテレビを観たり料理をしたりする音は漏れていないようだ。
まあ、若い男が女を部屋に連れ込むなどよくあることだから、たまに漏れる分には問題ないだろう。たぶん。
「ほらこれ、観たいって言ってたやつ」
バッグからバイト先のTATSUYAで借りてきたDVDを出して渡した。タイトルは『劇場版 観光戦隊ハトバスターズ 都内某所で怪事件!』だ。
「わぁ、ありがとう! 観ていい?」
「ああ、ほかに見たい番組もないし」
なぜ特撮戦隊ものなんか観たいと言い出したのかは不明だ。あまり面白そうではないが、用意してあった夜食の焼きそばを食べながら一緒に観ることにした。
サキュバスは大きな胸をテーブルに預け、頬杖をついてテレビの画面を眺めながら時折「フフフ」と声を漏らしている。ニヤニヤ笑いのせいで幼く見えるが、それさえなければ年相応というか十分大人っぽい。
「職業柄(?)AVとかじゃなくてよかったよ。こっそり借りてもカードに履歴が残るからな」
「ああ、あのテはね、観てるとお腹空くから」
グルメ番組を観る感覚なのかな……。
「しかし、なんで急にこんなの観たくなったんだ?」
「最近、少子化とか問題になってるでしょ?」
「ああ」
「人間がいなくなれば、サキュバスはそれ以外の動物を餌にしなきゃならなくなるんだよ。こんな悲しいことってある? だからあたしが淫魔戦隊サキュバスターズとなって人類を滅亡の危機から救うのだ!」
「どうやって?」
「その参考にならないかと思ったけどならなかった」
大人っぽく見えるのは外見だけで、むしろ中身は十歳のままなんじゃないだろうかと思えてきた。
「ひとりで戦隊もないだろう」
サキュバスはこちらを見てニヤリと笑った。
「……もしかして仲間がいるのか?」
「ふふーん」
サキュバスはもったいつけるようにニヤニヤと笑うだけで教えてくれそうにはなかった。
「あたしもなにかポーズとか決めといたがいいかなぁ」
「ポーズもいいが登場するときはやっぱり裸なのか?」
「うん。全裸はサキュバスの、普段着であり、戦闘服であり、勝負服なのだ!」
なんか増えたな、また新しい言葉を覚えたようだ。
突然押しかけてきた行方不明の幼馴染みを自称する全裸の悪魔(これも自称)との共同生活。
もっと危惧すべきことなのかもしれないが、ニヤニヤ笑うチェシャ猫が部屋にいることがだんだんと当たり前になってきている。
そのサキュバスは今もテーブルの向かいに座り、なにか話すでもなく締まらない顔でこちらを見ていた。
「なんだか、いつも笑ってるな」
「あっ、うん。言わなかったっけ?」
「なにを?」
「あたし、ユウくんと会えたから、それからずーっと嬉しいんだよ。嬉しいままなの」
サキュバスはそう言ってまた微笑んだ。
笑顔が直接こちらに向けられるときは、いつものゆるんだ表情ではなく、知性と優しさが感じられる。
「……そうか」
十年前に行方不明になった薄葉早希(うすば さき)が生きて成長していればきっとこんなだったろう。
そう思わせる笑みだった。
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