* Succubus chronicle *
淫魔幹部と海賊他王候補(5)
やはり、淫魔の女王には適わなかったのだろう。
男のことを想うと女の目から溢れた雫がポロリとこぼれ頬を伝った。
「あれ、何だろうコレ?」
どこも悪くないのに胸が締め付けられるように苦しい。
「何だろう……これ?」
女は初めて体験する現象に戸惑っていた。
後に最下層から上がって来た女王がそれを「恋愛感情」と言うのだと教えてくれた。
「レンアイカンジョウ?」
「あんたが人間だった頃の名残りだよ。厄介なだけで美味しいものでもなんでもないよ」
女王は興味無さそうに言った。
「ところであんた、あたしがあの男に負ければいいと思ってたね」
女王がじろりと睨むと、女はブンブンと首を横に振った。
「め、めっそうもない!」
「それが、恋愛感情って言うんだよ。何年、何十年の信頼関係も一瞬で壊してしまう。人間同士もよくこれで殺し合うんだ。な、厄介だろ?」
「でも、ママ……」
女ははっとして口をつぐんだ。
ふたりの間でそれは禁句だった。
しかし、とっさにその言葉が口に出るということは、普段は心の中でそう呼んでいるということだった。
「あたしはあんたの母親じゃない。今度言ったらそのでかい角が折れるまでグーで殴るからね」
「ご、ごめんなさい、でも……」
いま殴られなかったのは幸運だった。
女は漏らしそうなくらい恐縮して小さくなった。
女王は階下に戻るため背を向けたまま言った。
「もしあんたがそれを捨てられず、誰かを愛したなら……そのときはすぐにここを出て行くんだ。いいね」
そうなれば、お互いが敵になるかもしれない。
「あんたを殺したくない」
女王がそう言いたいのは理解できた。
……でも、それこそがレンアイカンジョウとかアイジョウとか言うものではないの?
女はそう問いたかったが、何も言うことができず、ただ女王の背を見送っていた。
『淫魔幹部と海賊他王候補』
END
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