Pandemic
- Afterlife -(3)
サキュバスウイルスと呼ばれていても、人間が悪魔になるわけではない。
他者から精気を吸い取って生きることなどできない。
栄養を取らなければやがて衰弱して死んでしまうのだ。
生命を維持するためには食物を経口摂取しなければならないのだが、空腹を感じないのか、パンなどの固形物を口元に持っていっても首をイヤイヤと振って食べてくれない。
ここの研究者が言うには、食欲にかぎらずあらゆる欲求が性欲に変わっているのだそうだ。
そこで考案されたのが精液に酷似した栄養ドリンクである。
僕はペットボトルのふたを開け、白濁した液体を緋邑の口に注ぎ込んだ。
「ウブゥゥゥゥゥ!」
しかし、精液はペニスから直接飲むのに、ペットボトルのドリンクはなかなか飲んでくれない。
「緋邑、飲め! 飲まなきゃ駄目だ!!」
白濁液が口元から首筋、胸をドロドロとつたっていくのを見ると変な気持ちになる。
彼女の中に入ったままのモノが熱を放っている。
抗体の力なのか、いまの僕は感染者の欲求に耐えるだけのタフネスさと、行為に溺れても理性を保つだけの精神力を兼ね備えていた。
緋邑が飲んでくれそうにないので、しかたなく僕はいつものようにペットボトルを自分のほうに向けた。
栄養ドリンクと自分に言い聞かせてたっぷりと口内に含む。
味も臭いもそれっぽく作ってあるため吐きそうになるのを我慢しながら、緋邑の頬を両手で包み唇を合わせた。
「ウムッ……ウムッウムッ!」
キスは嫌がらない。
むしろ、積極的だ。
しかし、液体を飲み込んでいるのかはさだかでない。
精液と錯覚させることができていれば飲むと思うのだが。
「ぶはっ」
ちゃんと飲んでいるのか?
口を離しまじまじと彼女の顔を見る。
だいぶやつれたようだ。
動きが止まった一瞬の隙を突くように、今度は彼女のほうから唇を重ねてきた。
襲いかかってきたと言ったほうがいい。
僕は再び押し倒された。
一日のほとんどを激しいセックスに費やしている。
お互い運動不足になることだけはないだろう。
この情熱的すぎる野獣のような緋邑も悪くはないが、あの理知的な彼女の記憶がだんだん遠くなっているのが寂しい。
監視カメラがまわっていることは頭の隅にあるが、もう見られることには慣れてしまった。
常人ではできないような激しいセックスをせいぜい見せつけてやろうじゃないか。
それにしても、この底なしの性欲が満たされることはないのだろうか。
僕は可能性はあると思っている。
上になって激しく動いている緋邑那由子の腰が一瞬止まるときがある。
そのとき彼女はほんのわずかな時間だが驚いたような顔をする。
真面目だった緋邑が自分がやっていることに気づいて驚愕しているといったように。
「ア、ア……」
瞳の奥に理性の光が見え隠れしている気はするのだが、結局戻ってくることはない。
「大丈夫」
僕は下から彼女を抱きしめる。
「愛してる……大丈夫」
君が一方的にやっていることじゃない。
僕たちは愛し合ってるからやってるんだ。
そう言い聞かせながら髪を撫でていると、まだ感染する前の緋邑が腕の中で安心した表情を浮かべているのが見える。
建物の中には大勢の人間が働いていて、僕たちの行動は常に監視されている。
それなのに、こんなとき世界には僕と彼女のふたりだけしかいないような気持ちになるのだった。
PANDEMIC extend
- Afterlife -
END
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