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Pandemic
(2)

 感染者は理性は失ってもおぼろげながら過去の記憶は残っているという。
 誰も屋上に来ないのは、ここに鍵が掛かっていることを知っているからか、ここで過ごした記憶が無いからだろう。
 「掛かっていないこと」を知っていて、ここで同じ時間を過ごしたことがあるのは、僕と緋邑那由子だけだった。
 彼女は記憶をたどって、ここに僕という「獲物」がいることを思いついたのだろうか。



 何となく居場所がなくて屋上にたどり着いた。
 友達が居ないとか、特別周りに合わせられないというつもりはない。
 だけど、集団でいるよりはひとりのほうが楽だった。
 ドアノブをガチャガチャ回してみると思いがけず扉が開いた。
 試しにまたノブを捻ると、今度はロックされた。
 どうやら、鍵が壊れているらしい。
 以来、毎日昼休みはここで過ごしていた。
 そこに、緋邑那由子が現れた。

 「屋上に出られたんだ……ここ、式守(しきもり)君の秘密の場所?」

 「い、いや、そんなことは無いけど」

 僕はたどたどしく答えた。
 他愛のない会話を少しだけしたはずだ。
 女子と突然ふたりきりになって舞い上がっていたのでよく覚えていない。
 彼女もまたひとりになれる場所を探していたとか言っていたと思う。

 「またお邪魔してもいいかしら」

 昼休みが終わる頃、知性溢れる深い輝きを湛えた瞳で見つめながら彼女は訊ねた。
 長い真っ直ぐな髪が風に揺れている。
 僕は「もちろん」と答えた。

 それから彼女は週に一、二度屋上に上がってくるようになった。
 屋上に居るときは、特に会話が盛り上がるでもなく、ふたりでぼんやり風景を眺めていた。
 ある日、彼女が僕を見つめながら言った。

 「初めてここに来たとき、実は式守君のあとをつけて来たんだ……いつも昼休みいないけど、どこに行ってるのかなあって」

 それは僕に興味があると受け取っていいのだろうか?
 「これは会話を上手く進めれば告白の流れになるのかもしれない!」と思ったが、どぎまぎした僕は「そうなんだ……?」としか答えられなかった。
 彼女は僕がもう少し何か言うのかと待っていたようだが、何も言わなかったので、小さく頷いてニコリと笑い掛けたあと、また風景を見ていた。



 それが、一ヶ月ほど前になる。
 彼女の気持ちを聞く機会は永遠に失われてしまった。



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あきゅろす。
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