Pandemic
(1)
空が青かった。
白い雲との絶妙なコントラストはまるで雑誌のグラビアか旅行会社のチラシのようにあざやかだ。
階段を駈け上がって来たためやや汗ばんだ躰に、風が気持ち良い。
印刷物ではこの涼やかな風までは表現できないだろう。
校舎の屋上は静かで、まるで足下で起きている惨劇が嘘のようだった。
閉じていたドアがゆっくり開いた。
たったひとり屋上まで逃げてきた僕の前に現れたのは、同じクラスの緋邑那由子(ひむら なゆこ)だった。
緋邑那由子であったもの、と言うべきだろうか。
彼女は理知的で容姿も性格も良く、他の生徒からの人気も上々でクラス委員長を任されていた。
しかし、いまやその面影はまったく無く、緩慢な動作で近付いてくる姿は、まるで映画で見た「生ける屍」のようだ。
緋邑那由子は明らかに感染していた。
突如として現れた新種のウイルスは何の対処法も見いだされないまま、爆発的に感染者を増やしていった。
分かっているのは体液の交換によって感染することと、感染すると理性を失い性の欲求でのみ行動するようになることくらいである。
つまり、強姦魔になって犯しまくり、犯された者もまた強姦魔になるわけである。
幻獣だか悪魔だかの名前を取って一般的には「サキュバスウイルス」と呼ばれていた。
感染の仕方は違うがゾンビみたいなものだ。
それが何の前触れもなく下の階から広まり、あっという間に学校全体を汚染してしまった。
予兆はあったのかもしれないが、気づいたときには感染者が教室に殺到してきていた。
ちょうどトイレから戻っていた僕は廊下に居た感染者たちを振り切って走った。
今も僕の足の下では感染した生徒たちがやりまくっているに違いない。
助けを呼ぼうにも住宅街からは遠く、声の届きそうな範囲に人影は無い。
人気が無いと言えば無さ過ぎる。
どこかのクラスが体育の授業をやっていてもいいはずだが、グラウンドにも誰も居なかった。
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