Resurrection extend Metamorphose
extend Refrain(1)
『魔』とも『鬼』とも呼ばれるものの襲来に陰陽庁本庁から応援が駆けつけてきたとき、すでに『淫魔』イバラギと綿瀬久魅(わたせ くみ)のすがたはなかった。
陰陽庁淫魔宮の女性職員三名と、それを護衛するための八人の男たちは、すべて意識を失って倒れていた。
全員、いちじるしく体力を消耗していたため、即座に入院となった。
体力が回復するのに一週間、その後も健康診断や聞き取り調査がおこなわれ、彼らが退院したのは二週間後だった。
淫魔宮で宮司と呼ばれる責任者を務める綿瀬綺良(わたせ きらは)半月ぶりに自宅のマンションにもどってきた。綿瀬久魅の例があるので、マンションのまわりには監視がついている。
自宅に入るなり、綺良は真ん中で分けた黒髪のあいだから、切れ長の目をすばやく左右に動かした。外に監視がいるのだから、部屋の中にも盗聴器や小型の監視カメラがあってもおかしくない。彼女は気づかれないように各部屋を歩きまわり、それとなく怪しい機器を探した。
結果、なにも見つけられなかった。専門家であればコンセントの内側など、ぱっと見にはわからないところに設置するだろう。綺良が気づけるようなところには置かないだろうし、綺良もすべてのコンセントをひとつひとつ剥いで調べる気にはならなかった。
そもそも、「本人の身の安全のため」という名目なら隠す必要はない。ただ、「プライバシーが」などと文句をいうものがいるから、表立ってはそう言わないだろう。コンプライアンスというのか、現代はとくにそういったことに厳しい。
綺良は屋内の点検は早々にあきらめて、ボスン、とソファに身を投げ出した。
盗聴や隠し撮り程度のこと陰陽庁なら平気でやりそうだからな、などと考えていたところに玄関のチャイムが鳴った。
陰陽庁とは国家を霊的に守護するための組織である。その前身は陰陽師、天文博士と呼ばれていた時代から存在し長い歴史を持つ。
第二次大戦後まもなく、GHQにより内務省が廃止されたおり、不要とされて同時に解体されようとしたが、国は、歴史のある部署なので催事のときに必要と言い張って拒んだ。
この前年、神祇院(じんぎいん 内務省の外局でもと神社局。敬神思想の普及などを行なっていた)はGHQの神道指令により廃止されていて、業務は新しく設立された宗教法人神社本庁に引き継がれていたが、全国の神社を統括するのに手いっぱいで細かい催事、とくに天皇が関わるようなものには手がまわっていなかった。天皇家を解体しない方向にシフトしたGHQが神社本庁を補佐する組織を必要と判断したため、陰陽庁は、大幅な縮小はされたものの解体の難を逃れることができた。
内閣府の外局である警察庁同様、現在は国家公安委員会の「特別の機関」として規模は小さいながら公安警察のような立場で細々と存続している。
綺良はソファに沈めていた躰を起こして玄関口のインターホンに出た。訪問者は二名だった。
ひとりは宅配業者である。マンションの一階にいる。簡単なやりとりのあと、玄関脇のボタンを操作すると、エントランスの搬送台に置かれた荷物が専用のエレベーターで部屋まで届いた。よほどの大物でないかぎり部屋まで運んでもらうこともなく、対面で応対する必要もなかった。
到着した段ボールは大きめの百科事典くらいで軽いものだった。
それを小脇に抱えると、玄関のドアを開けてもうひとりの来客を迎え入れた。
綺良の部下で、一緒に入院していた綿瀬深香(わたせ みか)だった。
「深香、早かったな。家には帰ったのか?」
同時に退院して一緒に病院を出たはずである。
深香のほうが自宅が病院に近いとはいえ、それにしても早いと思った。家でひと息つく間もなかっただろう。ほんのり顔が上気しているのは途中駆け足できたからだろうか。
「はい、荷物を置いてシャワーを浴びて着替えてすぐ来ました」
深香はもう一度小さな声で「シャワーを浴びて」とくり返した。
深香が見上げている。身長は百六十センチで綺良より十センチほど低い。
セルフレームの黒縁の眼鏡、髪は首の後ろで束ねている。地味な格好からも一見年齢より幼く見られがちだが、こうして近くでよく見れば十分に大人の色香をただよわせていた。
深香は立ったままモジモジしていた。
「いいかな? いいよね……いいよね?」と葛藤している。
入院中の聞き取り調査で、綺良は淫魔に見せられた夢のことも話していた。大きなペニスを生やして同性の部下を犯した夢など一生だれにも言いたくはなかったが、立場上秘密にしておけなかった。淫魔の情報はどんな些細なことでも記録しておかなければならないのだ。それに、自分が言わなくても深香が漏らしているかもしれない。深香に会うまで確信はなかったが、おそらくおなじ夢を見せられていただろうと推測していた。
その結果、肉体関係は無いし、そもそも想いを打ち明けたことさえないとは言ったものの、ふたりの関係は公然たる事実となってしまったのだった。
綺良には深香の逡巡が手に取るようにわかった。自分もそうであるからだ。
綺良は両手を軽く開いた。
深香は、なかなか開かなかった蕾みがやっと咲いたようにぱあっと笑顔になった
そして、「綺良様」と言って綺良の腰に手をまわして抱きついてきた。
皆に周知されてしまったのは恥ずかしいが、もはや自分の気持ちを抑えることはないのだ。そういう想いが深香の腕の力にこもっていた。
綺良もそれに応えるように、ぎゅっと深香を抱きしめた。
深香は自分にコツコツと当たる段ボール箱を見とがめた。
「宅配ですか?」
「ああ、これか……。ちょうどタイミングがよかった。まあ、入れ」
綺良は深香をリビングに招き入れた。
長ソファーに腰を下ろし、ローテーブルに小包を置く。
深香が所在無げにしていたので、自分の横をポンポンと叩くと、そそくさと隣に腰掛けた。綺良が包みを開けるのを躰をぴったりと寄せて見ている。
「これは……」
深香は中に入っていたものを確認してゴクリと唾を飲んだ。
パッケージには真っ黒い男性器の写真が載っていた。作り物の男性器である。
「ペニスバンドだ」
中身を出しながら綺良が言った。
「ペニスバンド……海外製ですね」
パッケージも説明書もすべて英字で書かれていた。
綺良が真っ黒い本体を手に取る。それとはべつに、やはり黒いベルトが入っている。
「おっ……大きいですね」
パッケージには「八インチ」と表記してある。センチになおすと二十センチ強だ。
「だが、これでもやつのよりはだいぶ控え目だろう」
「そうですね、これくらいなら……」
入りそう、と言おうとして、自分が相当ふしだらなことを言っているのではないかと深香は顔を赤らめて口をつぐんだ。
綺良は「洗ったほうがいいか」と言ってキッチンで洗浄した。
「でも、こういうのは装着している人は気持ちよくならないのでは……」
綺良がテーブルに置いたモノを見ながら深香は言った。
「ところがそうでもないんだ」
綺良は説明書を広げた。
「ここがクリトリスを刺激するようになっていて、装着者も快感を得ることができるらしい。どのくらいの刺激なのかは試してみないとわからんが……」
深香も顔を寄せて真剣な顔で説明書を覗きこんだ。すっかり仕事中のオペレーターの顔になっていた。
ふと、綺良が深香と視線を合わせた。顔はすぐ横にある。
深香はドキドキしながら目を閉じた。綺良の唇が自分の唇に触れる。
綺良は唇を重ねたまま、片手でテーブルのペニスバンドを引き寄せつつ、深香の躰をソファの上にゆっくり押し倒した。
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