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Resurrection extend Metamorphose
(1)

 白い壁に囲まれた部屋に綿瀬久魅は居た。
 大小無数の機材が置いてある広い部屋だ。上の階まで吹き抜けになっているので天井も高い。
 彼女はベッドの上に寝かされていた。
 なんら装飾のない機能優先の味気ないベッドに入院患者のように横たわっていた。
 意識は無かった。
 傍(かたわ)らに白衣を着た女がいた。
 年齢は久魅とおなじくらいの二十代半ばに見えるが、丸顔でやや童顔である。実際の歳はもう少し上かもしれない。
 胸に付けた名札には「綿瀬未空(わたせ みく)」と書いてあった。

「久魅ちゃん、頑張って、しっかりしてね」

 そう何度もつぶやきながら作業をつづけている。
 久魅が夢の中で聞いた声だった。
 異様な作業風景だった。
 綿瀬未空は仰向けに寝た久魅のベッドの脇、腰のあたりに立っていた。
 久魅はパジャマのようなズボンと下着をずらされ、下半身が露わになっている。その股間からは、夢で見たほどではないが十分大きな男性器がそそり立っていた。
 未空はそれを握り、薬瓶から直接軟膏を手に取り塗り込んでいた。
 本来ならそういった刺激をあたえればさらに硬く大きくなりそうなものだが、その軟膏にはそれを抑える効能があるようで久魅のモノは少しずつ縮んでいるようだった。

(なんて、立派なモノ)

 薄いゴム手袋越しに久魅のかたちと熱を感じながら、未空はごくりとつばを飲んだ。
 ここ数日、おなじ作業をしているが、まだ見るたびに驚きがある。流麗な曲線を描く躰は丸みを帯びやわらかそうで女性らしい。ただ、股間のこの一点だけが、ゴツゴツとした岩のような筋肉を思わせ男性的な強さを主張してそそり立っている。
 未空は毎日この異様と対峙して、いまでは眠る前に久魅のモノがまぶたの裏に浮かび上がるようになっていた。
 自分もまた淫魔の妖気にあてられているのだろうか。
 彼女は邪気を払いのけるように首を振った。

「おなじ綿瀬って……私たちきっと遠い親戚だよね」

 意識の無い久魅に構わず語りかけながら手を動かしつづけた。

「名前もなんだか似てるし」

 未空の手の中のものはようやく萎えた状態にもどっていた。

「急に勃起したから驚いたわ。いまはこの薬だけが頼りだけど、必ず……必ずもとの躰にもどすからね」

 彼女は久魅の躰の変化を不憫に思っているのか、涙ぐんで作業をつづけていた。



 それを見下ろすふたつの影があった。
 吹き抜けの二階にあるガラス張りの部屋である。
 壁側には計器類と操作スイッチがびっしりと並んでいた。

「これだけの機材を擁(よう)しながら、結局は先祖伝来の『秘薬』に頼らねばならんとはな」

 ガラスの際に立つ白衣の女がつぶやいた。
 歳は三十代半ば。真ん中分けの真っ直ぐな髪の間から細い目を鋭く光らせて久魅と未空を眺めている。首から下げたカードには「宮司 |綿瀬稀良《わたせ きら》」と書いてあった。
 その横にもうひとりの女が並んだ。
 稀良よりひとまわりほど年下に見える。

「こんなに急速に肉体が変化するものなのでしょうか?」

 おなじ白衣を着て、眼鏡を掛け髪を後ろで束ねている。
 カードには「綿瀬深香(わたせ みか)」と書いてあった。

「見ての通りだ。『魔』はまだ我々が想像もできないような能力を持っている。ここの機材ではその立証も難しいが」

「淫魔に犯された者は、精気を吸い尽くされて死んでしまうものとばかり思っていましたが」

「大抵は使い捨てにするものだが、あの個体に限ってはずいぶんと大事にあつかっているようだな」

「大事に? あの状態でですか?」

「何度も犯され精神も肉体もとうに壊れてしまっていいはずなのに、まだああやって生きている。壊さずにいたい理由があるのだ」

「まるで……ヴァンピールのよう」

 セルビア語のヴァンピールとはヴァンパイア(吸血鬼)の語源であるが、ヴァンパイアに血を吸われた人間のことも差す。
 深香はヴァンパイアの使い魔と化したヴァンピールに例えたのであろう。

「しかし、大事にしているということは……」

「ああ、奪いに来るだろうな。そう遠くないうちに」

「ここの機材で太刀打ちできるとは到底思えませんが……」

「常時、別室にガードも待機させている。が……役に立ってくれるか怪しいところだな。なにしろ我々は近代に入って淫魔と戦った経験が皆無だ」

「元来の陰陽道から離れたのは間違いだったのでしょうか?」

 稀良は下の階に目をやったまま、静かに首を振った。

「数多の災厄から帝都を守護している陰陽庁の中でも、我々淫魔宮の立場は弱い。淫魔そのものの出現が無く、一部では『ただ飯食い』と囁かれている。それに正当な綿瀬の血統も非常に少なくなった。政府の意向に従って『近代化』しなければ予算も出ない。やむを得ない流れだよ」

 稀良は脇にある役に立たない機材を忌々(いまいま)しげにコツンと叩いてつづけた。

「だが、彼女の症状が淫魔によるものであると立証できれば政府も知らぬ振りはできまい。まあ、淫魔の恐ろしさをいまの政府がどれほどわかっているのかは甚(はなは)だ疑問だがな」

「魔を祓う役目の我々が、魔の出現を待っている。皮肉なものですね……」

「『狡兎死して走狗煮らる』……世の常だよ」

 稀良は苦々しく答えた。


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あきゅろす。
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