■朝の礼拝の時間。急に”部長”の顔が見たくなった笹目は朝のHRを抜け出して石垣のスキマへと向かった。いつもリリちゃんが使っているカトリック科からの最短ルートの抜け道だ。 時刻はもう礼拝の時間・・・・・・・。ソレが少し過ぎたら”部長”の顔が見れるかもしれない・・・・そう思ってそのスキマから顔を覗かせるように腰を落として顔を突き出すと。突然腰に悪寒が走った。 つつつ・・・・・ 誰かの指先がくぼみのラインをなぞる。 ぞくぞくとしながら驚きながらもこの行動がばれるとまずいと声を殺すようにして振り返ると笑みを浮かべた青年が立っていた。 理数科1年、宮代歩。 先日。初めての顔合わせでいきなり笹目にナンパしてきたその男だ。 その時は二年の八重花ちゃんが追い払うように彼女を護ってくれたが今はソレがいない。 そんな中で口元を緩ませ伏し目がちの目を吊り上げて頬を上げるその男はとても愉快そうな顔で「いーけないんだ。先輩。」 覗き禁止でしょvっと、腰が抜けて座り込んだ笹目に笑みを向けてきた。 怖い・・・・・そう思いながら笹目がその表情を見つめていると歩はこう述べてきた。 『俺は一年だしこんなんだし、どうにでもなるんでアレだけど…なごちゃん3年生だし進路ヤバイよね?セン公に言ったら内心落ちちゃう?』 そう言われて尚更背筋がゾクリとした。 今コレがばれたら内心もさることながら次の演劇部の講演会も活動停止にされるかもしれない。 笹目がそう思った瞬間、歩はまたそれに続けた 『へへっ、でも安心しなよ、俺チクったりしねぇし。その代わり、今度一緒に遊ぼーよ?』 ”セーンパイ☆” ・・・最後のこの言葉が笹目の耳に聞こえる直前にガサリと後ろの木々が揺れた。 そして 「・・・・この神聖なカトリック科の・・・・・・しかも礼拝堂のその前で一般生徒が校舎に隠れて逢瀬をするとは・・・ずいぶんといただけないな・・・・・」 聞き覚えのある声がした。 不意に抜けていた腰がそちらに向かって動く・・・・・・ 「制服からして普通科の生徒かなにかのようだが・・・ん・・・・・・?」 「”佐伯・・・・部長・・・・・?”」 涙目になっていた笹目がその”部長”の顔をとらえた。 「・・・・・笹目?・・・・・・まさか君がこんなところで・・・・・・・?」 その瞳は一瞬驚いたようだったが次の瞬間覚めたような目つきに伏せられる。 嫌われた・・・・笹目がそう思った瞬間。 「誰っすか。あんた・・・。」 腰を落として笹目に目線を合わせていた宮代歩が立ち上がった。 「・・・・・・・・・・・君のほうこそ。うちの笹目に何か用かい?」 そう言い返すカトリック科の男。 「何かって、俺はなごちゃん先輩が可愛ーからついてきただけっすよ!!!」 冗談なのか何なのか佐伯と呼ばれたその男に敵意を向ける歩。 「・・・そうか。・・・・なら君も演劇部に入るといい。笹目ならいつでも絡んでくれると思うよ。」 はぁ・・・・とため息をついた後。彼はそのまま去っていこうとした。 ”部長・・・それはどういう意味ですか・・・・・・・?” 笹目の思考が止まった。 演劇部に入れば私は誰とでも逢瀬をこなすというのだろうか・・・・・・・。 確かに演目の都合上恋人役は頻繁に変る事が多い。 笹目も主役ばかりをやっているわけではないがそれなりにそういった配役も回ってくる。 だからといって・・・・・”私と絡みたければ演劇部に入るといい”そういった考え方にどうしてなるものだろうか・・・・・ そう思い笹目から涙が流れ落ちた瞬間。 「俺はあんたが嫌いっすよ。」 歩くんに抱きしめられた。 「・・・・そうか。やはり君はうちの笹目とそういう関係なのか・・・・・・」 でも演技にしか見えないな。・・・・・・・・・・・・・”君じゃぁうちの笹目に役不足だ” 今度は”役不足”だと言われた。 ・・・・・”部長”どういう”意味”ですか・・・・?私は”貴方にとってどんな存在なのでしょう?” 笹目はそのままぽろぽろと泣き出してしまった。 ・・・・・・「今日の事は次の公演の都合上他の人間には黙っておくが。笹目も相手を選ぶならもっと自分に似合う”相手”を選ぶ事だな。」 そう言って”部長”と呼ばれた彼はそのままその場を後にした・・・・ それから 「もしかして・・・・”先輩”の”好きな人”ってあのヤロー・・っすか?」 歩くんが抱きしめた手を緩めながら覗き込んできた。 「違う・・・・違うの・・・・”私”は・・・・・」 やっぱり私は部長の演劇のシナリオの中のただの”客寄せ人形”なんだ・・・・・ 改めて笹目は”部長”に対するの思いの中にあったそれを表に出した。 ”部長には・・・好きな人が居る・・・・・” 多分ソレは・・・・・・・・ ” ”だと思う。 黒髪に笑みの似合うカトリック科のその女性。 笹目はずっと密かな淡い感情のその頃からずっとそれに気づいていた。 同じ演劇部の同じ学年。先輩と私と同期のその女性。 分かっている。・・・自分は。彼女には敵わない。 けれども今度の人魚姫は・・・・・・・・”王子を愛する人魚を演じなければいけない・・・・・・・” 愛する王子は”佐伯部長”・・・・・・・・人魚の想いはそれに届かず泡となって消える・・・・・・。 消える事はしたくない・・・・・・・だって私は・・・・”誰かの人形ではないのだから” 「有難う・・・歩くん・・・・・・」 ”あなたが傍に居てくれてよかった・・・・・・” 事の次第を作ったのは彼のその好奇心だったが もし1人で”部長”に同じ態度をとられていたら・・・・・・・・ 1人では”生徒”の自分に戻れなかったかもしれない。 「有難う。歩くん。支えてくれて・・・・本当に有難う。」 笹目はいつもの笑顔に戻ると涙を拭いて歩の頬に口付けた。 「・・・・さっきのことは”二人だけ”の秘密だよ」 ”部長”は秘密にすると言った。・・・なら歩くんがばらさなければこのことは口外されない。 ・・・・・・・・・・笹目はいつもの”演技”に戻る。”生徒”と言う名の”人形の自分”。 今の口付けはただの”口止め料”・・・・・・・・・・・・・・”生徒に戻る前の”笹目の名残。 矛盾しているソレを笹目は感じながら歩の手を離れて普通化の校舎の方へと戻っていった。 「・・・・・そういうつもりじゃねーのに・・・・・・・・」 いつも明るく振舞う彼だが”笹目”のその行動の真意には気づいていた。 「先輩は・・・・・”卑怯”っすよ・・・・・・・」 そうすれば俺が黙っていると思ったのだろうか。 先輩やソレを気に入っている鶴ちゃんのためにもそれは黙っていたい・・・だけど・・・・・・・・・ 「”俺の・・・本当の気持ちは・・・・・・”」 笹目が好きなわけではない。女性が好きだが不特定多数に声をかけるのは本当の自分を知られたくないからだ。”笹目”もその中の1人のつもりであった。ちょっとからかって可愛い先輩の意外な一面を見てみたい。そう思って追いかけていっただけなのに・・・・・・・・ 「やっぱ・・・・俺”さっきのアイツ”嫌いっすよ・・・・・」 何もかも見透かされるような目が何よりも気に入らなかった。カトリック科という特異な校風のそれが彼をそうさせているのかもしれない。それでも・・・・・・・ 「みこちゃんとまこちゃんに会いたいな・・・・・・」 なんとなく携帯を取り出してアドレス帳を開いた そして・・・・・・・・・ 「なごちゃん先輩のアドレスも。今度聞こう。」 彼もまたいつもの自分を作り始めるのだった・・・・・・・ ただその前になんとなく進学科の梓を抱きしめに行ったのは。それはまた別の話。 ■END■ [*前へ][次へ#] [戻る] |