10 「どうかしたのか」 「う、ううん。何でもないよ。少し驚いただけ」 「驚いた?」 「そー。かぐちゃんが予想外に美人に笑うからなー」 「……は?」 「き、ききき気にしないで!嚆矢っ」 「はいやっさー」 嚆矢が音速で取り出したカードキーを光速で差し込み口に入れると、後ろに回った千里が俺の背中をぐいぐい押した。 「一名様ごあんなーい」 「い、いらっしゃいませー!」 「いや、千里の場合お邪魔しますじゃ……」 俺のツッコミは綺麗にスルーされた。 ***** 「……もはや特筆するに能わず、だな」 「え?香黒君、なんか言った?」 「かぐちゃんは、金の無駄遣いって言ったんよー」 「さっきから思ったんだが、そのかぐちゃんって俺のことか?」 「とーぜん!」 せっつんにかぐちゃんなー、と紅茶をいれる千里と俺を順番に指しながら、嚆矢はからからと笑った。 「嚆矢、変てこなあだ名付けるの好きなんだ。嫌なら言った方がいいよ?」 「いや、大丈夫だ」 「そう?」 それならいいんだけど。 そう言って千里は俺達の前に湯呑みを置いた。 ………ん? 「千里、」 「なに?」 「さっき、紅茶いれてたんだよな?」 「そうだよ」 もう一度、湯呑みを覗く。 「これ、緑茶……」 「ごめんね?僕お茶いれるの苦手で、いつの間にか緑茶になっちゃうんだ」 「もはやそれは苦手の域を越えてるぞ」 発酵させて烏龍茶にするならまだしも、戻して緑茶にするってどういうことだ。 嚆矢を見ると、何事もなかったかのように緑茶を飲んでいた。 倣って一口啜る。 「美味い」 「よかった」 にこりと笑う千里を見たら、この異常事態も、なんだかもうどうでもよくなった。可愛さは武器とはよく言ったものだ。 その後二人から聞いたところ、寮のみに限らず、どこもかしこもこの豪華さが普通らしい。 慣れることができるだろうか。少し不安だ。 因みに、やり過ぎって思うのもわかるけどね、と苦笑した千里も、仕方ないわなー、と笑う嚆矢も、聞いたところ二人とも汀国内の大手企業のご子息らしい。 何となくショックだ。 <<>> [戻る] |