07
「俺は黒渦家の人間だ」
「さっき聞きました」
「……黒渦コーポレーションを知らないわけじゃないんだろう?」
黒渦コーポレーション。
汀のみならずアズベルト帝国や近隣諸国にまでその勢力を広げる大企業だ。
精密機器製造やサービス業など、その経営内容は多岐に及ぶ。
総資産額は国内一、二位を争うらしい。
「知ってますが」
「黒渦に取り入れば将来的にこの上なく有利になる。黒渦である俺に取り入ろうとするのが普通だろ。なのに、」
「あんたは、俺に媚びをうってほしいのか」
「……っ」
会長がたじろいたのがわかった。
「社会的地位に興味はない。だから俺は誰にも媚びをうらない。だいたいあんたは黒渦家の人間というだけで黒渦コーポレーションじゃないだろう。それを混同させるやつと俺を一緒にするな」
翠の目が、困惑や迷いでゆらゆら揺れていた。綺麗だった。
俺とは違う綺麗な色を、少し羨ましく感じた。
「……お前、変なやつだな」
「普通だ……と思います」
「ははっ、敬語なんて今更だな」
「すみません」
「いい。敬語外せ。タメでいい」
よくない。先輩相手にタメとか、そんな『いかにも親しいです☆』みたいなことやりたくない。
「せっかくですがお断りします。会長は先輩ですし」
「気にすんな。俺がいいって言ってんだよ」
「先輩に敬語なしとか気が引けるので」
「散々タメでまくし立てたやつのいうことじゃねぇな」
「う……」
この揚げ足取りめ。
「……善処します」
「善処じゃねぇ。実行しろ」
「……その内」
極力関わらないつもりだから、そんな時は来ないと思うが。
「お忙しい中案内ありがとうございました。では」
「……おい、」
もう一度礼をしてさっさと寮に入ろうとした瞬間、肩を引かれる。
そして、
「ーーっ!おまえ、今……っ!」
今こいつ何をした。気のせいだと信じたいが、こいつ、俺の頬に、
「添鳩香黒、気に入った」
「な……」
に、と愉快気に笑い、会長は言った。
「顔は地味だがおまえ自身は嫌いじゃねぇ。そのうち遊びに行ってやるよ」
「断る!結構だ!」
「顔赤くして言うことじゃねぇな」
「怒りでだ!」
「照れんなよ」
おかしい。話が通じない。話してる言語は同じはずなのに、会話が成立してない。
「仕事があるからもう行く。またな」
「二度と会うか」
睨みつけると、会長は喉奥でくく、と笑い、大きい建物(恐らく校舎)に歩いていった。
俺が落ち着きを取り戻して寮に入ったのは、それから数分経ってのことだった。
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