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サクラ咲き、E




その言葉に、あたしは目を細めてサトシを見た。




「・・・・元気、だったわよ。」




ドンドン、と花開く花火の光に、

サトシの横顔が色とりどりに染められている。




「サトシ、は?」




「俺も、元気だったぜ。」




ヒラヒラ、と桜の花びらと一緒にサトシの黒髪が揺れている。




「なんかカスミ、ちょっと変わったよな。」




「そう、かな?」




「うん。なんか大人になった。」




「・・・・それって普通でしょ?」




「そうだけど。俺はまだあの怒鳴ってばっかりのうるさいカスミのままだと・・・・」




「うるさいって何よっ」




思わずそう言い返してしまって、ハッと口を押さえたあたしを見て、




「あ、怒鳴った。」




なんて意地悪くサトシが笑った。




もう!と頬を膨らませるあたしに、サトシが楽しそうに笑っていて




その一瞬あたしは、―――心から嬉しいと思えた。




懐かしいこのやりとりが、あたしは大好きだったのだと、今更ながら思い知った。




「あ、」




ひとしきりクスクスと笑い合っていたあたし達の真正面。




空を彩っていた光がなくなった。




その途端、静まった辺りに今花火が終わったことを知った。




「花火、終わっちゃったな。」




ニコりと笑ったサトシは、「よいしょ」とその場で立ち上がる。




そんなサトシを、座ったまま名残惜しい気持ちでいっぱいのまま見つめた。




花火が名残惜しいんじゃない。



サトシとのこの時間が終わることが寂しかった。




まるで急に魔法がとけたかのような、名残惜しさが胸を占める。




「うん?どうした?カスミ」




そんなあたしを不思議そうに見下ろしてから、サトシは手を差し出してきてこう言った。




「行こうぜカスミ。」




いつか旅をしてた時みたいに、満開の桜木を背に、そう、柔らかく笑いながら――・・・




「・・・・・・うん。」




そんなサトシの手を握ったら、優しく握り返されて、引っ張られるままにゆっくりと立ち上がった。




一瞬の内に離れた手に、離したくないと思った手は空を切った。




「カスミ?」




立ち上がったあたしに向けるサトシの目は優しい。




「・・・・・うん、今行く。」




あたしが一歩を踏み出した瞬間、
風が吹いて、あたし達の前を桜の花びらが舞い上がった。




その景色に目を開けていられなくて、思わず下を向くと。




足元いっぱいに散らばる桜の花びらが―――




ピンク色のそれは、月に照らされて淡く輝いている。




「・・・・・なぁカスミ、」




桜の木を見上げていたらしいサトシは、ゆっくりとあたしに振り返り、




「桜の花びらって、なんかハートみたいだよな。」




そう言って、ふわりと笑った。




・・・波のようにあの頃の景色が、一気に頭の中に流れ込んでくる。




「さ、行こうぜ。カスミ。」




桜の花びらが舞い上がる中、固まっていたあたしにサトシはそう言って、歩きだす。




その背中を桜の花びらが追い掛けるように舞う。




その桜吹雪の向こう、
同じようにサトシの背中を見つめる
あの頃の幼いあたしが
背中で頷いてるのが見えた気がした。




ハートの花びらが舞い上がる。




沢山のハートが、足元に―――・・・・・・






「・・・・――サトシが好きだった!」






大きくそう叫んだあたしに振り返ったサトシは目を大きく開いていた。




だけどもう、止められない。




「サトシが好きだったの!ずっとずっと!前から!」




溢れ出した想いは、何年もの時を越えて、真っ直ぐにサトシただ1人へと向かっていく。




「本当はずっと、会いたかった!」




終わらせるのは自分にしかできなくて、それが前に進むことなら
時にはそうしなきゃいけない時もある。




「本当はずっと気になってた!
今どこで何やってるんだろうって。
どこで夢を追い掛けてるかなって。
どんな物を見て、どんな人と出会って、どんな旅をしてるのかなって。
本当は、あたしずっとサトシのこと・・・・・!」






忘れられなかったの。






桜の花びらが風と一緒に舞い上がる。




あの時に戻ったかのように、ピンク色のハートがあたし達を包みこむ。




サトシの瞬きすらしない瞳を見て、あたしの想いを全部聞いていてくれていたんだと分かり、あたしはスッと肩の力が抜けた気がした。





・・・これで、きっと来年の今頃は、桜の木の下で、あたしは後悔なんてしないだろう。




これで、やっと前に――




「・・・・・俺も。」




ヒュッと風が止んで、あたしに届いたサトシの声。




低くもない、柔らかなその声は




「俺も、カスミがずっと好きだった!」




あたしの頭を混乱させる。





「・・・え?」




――・・・・心臓がうるさい。




さっきとは別の意味で、胸が早鐘を鳴らしてる。




サトシは照れ臭そうに髪をかくと、あたしを真っ直ぐに見て言った。




「今日、お前と久しぶりに会うことになって、俺めちゃくちゃ嬉しかったんだ。
でも会ってみたら、お前すげぇ大人になってるし、なんかカスミを遠くに感じてどうしていいか分かんなくて、すげぇ焦った。」




俺だけがあの頃に置き去りになってたみたいな気がして。




そう言って、眉を下げやさしく目が細められる。




「カスミが変わっていく姿、ちゃんと見たかったなって思った。」




それをケンジは見てきたのかって思ったらなんかモヤモヤして、でもそれ以上に自分にもイライラしてた、とそう呟いたサトシに目を見開く。




「そ、そうなの?」




それってまさか・・・・・

ヤキモチ?




驚いて思わず聞き返したあたしに、サトシは恥ずかしそうに視線を下にしながら




「・・・そっか。これがヤキモチなのか。」




と納得するように小さく答えた。




――ほ、ほんとに?

ヤキモチって・・・・

サトシが、あたしに?




あのサトシが、あたしなんかにヤキモチをやいたの?




――嘘みたい。




でもそれを言うなら、あたしだってそうだ。




「あたしも、今日会ってみたらサトシがすごく遠くに感じて、それにサトシはヒカリが好きなんだと思ったから・・・・すごく悲しくて、逃げて来ちゃったの。」




サトシに導かれるようにそう白状したあたしにサトシは優しく微笑む。




「ヒカリなら、さ。さっき告白されて、・・・・断ってきたんだ。」




「えっ?」




「そしたら、言われた。」




ちゃんと、カスミに告白してきなさいって。




「・・・え?ヒカリが、どうして?」




「知ってたんだよあいつは。
俺がカスミを好きで、今も忘れられないこと。」




まったくあいつは、とサトシは苦笑する。
そして、照れ臭そうに、



「気合いいれなきゃいけないと思って、ケンジが持ってたお酒も一口もらってきたんだぜ。」




そう呟いたサトシに愛しさが込み上げた。




嘘みたい。




サトシがあたしを好きだなんて――・・・・・




「絶対、カスミは俺のことなんて好きになるわけないって、思ってたんだけどな。」





もう俺との旅は過去のことで、思い出すこともないのかもなって少し思ってたんだ。

でも、俺と同じだったんだな。




額をかきながらそんなことを言うサトシの顔は嬉しそうで、こっちまで顔が綻んでいく。




そんなサトシに少し意地悪なことを言いたくなるのは、あたしも今嬉しくて舞い上がっているのかも。




「もしあたしが、サトシのことを何とも思ってないって言ったら、どうしてた?」





あたしがそう言ったら、サトシは顔を上げて、真っ直ぐあたしを見ながら言った。




「諦められるわけないから、これから何年も何年も好きだって伝え続けてただろうな。カスミが俺なしじゃいられないくらい、俺を好きになってくれるまで。」




いたずらに笑うその瞳は、笑顔とは裏腹に強い意志で輝いていて、それはサトシの夢を語るときの強い眼差しに似ていて、不覚にもまたサトシにときめいてしまった。




桜の花びらがヒラヒラとあたしたちの周りを舞う。




来年の今頃、あたしは桜が咲いたら、きっと今日のことを思い出す。




もう、昔の後悔なんて思い出さない。




「カスミ、」




「何?」




次の春も、その次の次のずっと先の春も、
ただサトシのことを想ってるあたしでいたい。





「俺、今やっと1つ夢は叶えられたけどさ、もう1つ大事な夢がまだ残ってる。」




サトシの言葉に、あたしは深く頷く。




「俺、絶対ポケモンマスターになってみせる。だからさ・・・・・・」




「うん、分かってる。」




また旅に出ることくらい、ちゃんと分かってるよ。




また離れなくちゃいけないことくらい。




だけど、次こそは違う未来をいく。




「待っててくれるのか?」




「もちろん。だけど・・・・・、」




「だけど?」




サトシを見てニッコリと笑ってみせた。




「必ず、その夢の先をあたしに見せてね。」




サトシは驚いたように目を開いて、すぐに「あぁ、必ず」と優しく笑った。




桜が舞う。

あの日と同じように、空高く。




だけど1つだけ違うのは、サトシへ声にだして好きだと言えたこと。




そしたらサトシも、好きだと答えてくれたこと。




幸せすぎて、やっぱり今のこのすべてが嘘みたいに思えてくる。




去年までは1人で見ていた桜を、今こうしてサトシと見ているなんて――・・・




そんな想いに浸っていると、




「カスミ」




目の前に、至近距離まで詰められたサトシの顔があった。




何が起こったというより、目の前にある黒い髪や、鷹色の瞳に目が奪われていると




「・・・・・好きだぜ。」




そう小さく呟いた声が聞こえた瞬間、唇に柔らかい感触を感じた。





お腹の底から沸き上がるような甘酸っぱさに、ドキって高鳴る前に、―――ゾクりと甘い痺れが身体を走っていった。




始まる。



あたしたちの止まったままだった時間が動き出す。




終わるのは片思いで、今から始まるのは、新しい2人。




何から話そう。




知らないことがたくさんある。




聞きたいことがたくさんある。




何より言えることは、



――今日のこと、あたしは絶対に忘れない。



サトシへの想いも、絶対に―――




肩に手が触れて、その優しい感触にあたしはゆっくりと瞳を閉じていく。




最後に目に映した桜の花びらは、




綺麗なハートの形をしていた。






サクラ咲き、何想う?


サクラ散り、誰想う?





サクラ舞い散る時も、サトシを想う。






end


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あきゅろす。
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