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サクラ咲き、C




なぁ、カスミ。




『桜の花びらってさ、なんかハートみたいだよな』




ひらひらと足元に散らばっていた、ハートの花びらが空へと舞い上がる。




C




ドンドン、と舞い上がる花火の音と、ヒカリとハルカ、それにサトシの歓喜の声にあたしの胸は壊れそうだった。




「あっ、また上がった!見て見てサトシ!」




「ヒカリ、そんなに袖を引っ張らないでくれよ。言われなくてもちゃんと見てるんだからさ。」




楽しそうに笑うサトシに、ヒカリの頬がほんのり赤くなる。




そしてコクン、と頷いたヒカリの顔は、照れ臭そうに笑っていた。




その2人の姿はあまりに眩しくて、微笑ましい光景で、あたしは目を反らした。




空気の澄んだ夜空にパチパチパチと花火が散る。




咲き誇る花火は散る姿でさえとても綺麗だった。




いつも花火を見るときは、瞬きさえ惜しむほど熱中して見入ってしまうのに。




だけどどれだけ花火を見ていても、あたしは花火に集中することが出来なかった。




咲いては、散り、

咲いては、散り、

咲いては、散り、

ただ視線で追うだけ。




「・・・・・あのね、サトシ」




「うん?なんだ?ヒカリ。」




咲いては、散り――・・・




「・・・・・帰りに、大事な話があるんだけど・・・・。聞いてくれる?」




「今じゃ駄目なのか?」




「うん・・・・。サトシと2人きりで話したいの。2人きりじゃなきゃ、駄目なの。」




あの・・・・・




「・・・・この意味、分かるかな?」




咲いては――・・・・・




「・・・・・うん、分かった。じゃあ後で話そうな。」




花火が連続で打ち上げられた瞬間、あたしは思わず立ち上がった。




「ケンジ、あたしちょっとジュース買ってくる!」




「えっ?今?」




「うん!なんか喉渇いちゃった。」




ケンジの驚いたように向けられた視線の中、サトシ達の視線も感じたような気がしたけど、もう分からなかった。




ポンポンと浴衣のお尻を払うと、ケンジが心配そうにあたしの顔を覗き込んできた。




「でも1人じゃ危ないよ。僕も一緒に行く。」




「大丈夫よ!さっきすぐそこにあったでしょ?」




塀の向こうを指差したあたしの指を追ってケンジもそちら側に視線を向けると、




「すぐに戻ってきなよ?」と、心配そうにそう言われて




「うん!」と笑顔で頷き、あたしはケンジ達の元を、――・・・サトシ達の元を足早に離れた。




ドンドン、と花火の上がる音を背に、みんなの楽しそうな笑い声が聞こえる中、あたしは1人にげるように人込みを突き進んだ。




ズキン、ズキン。




・・・・・なんで。こんなに胸が痛いの?




みんな顔をあげて、空を見ながら笑っているのになんで・・・




あたしは1人泣きそうになってるんだろう。




ヒカリを優しく見つめていたサトシの横顔。




その隣で嬉しそうに笑っていたヒカリの笑顔。




思い出しただけで、鼻がツンと痛くなる。




ねぇどうして―――



どうして・・・・・



どうして隣にいるのはあたしじゃないの?




人込みを抜けて、屋台に戻ってきたあたしは、ポツりと1人誰もいない神社の方に向かった。




遠くなる花火の音に、今度は淋しさがあたしを襲ってくる。




神社に近付くにつれ、自分から離れたっいうのになぜだか急に1人取り残された気分になった。




・・・・・・寂しい。



だけど、あの場所には戻りたくない。




あそこにいて、平然さを保つ自信がない。




だいたい、今日サトシの名前が出たときからあたしはおかしかった。




サトシなんかに勝手に不安になったりドキドキしたり、ヒカリやハルカを羨ましがったりして。




――・・・・・サトシとヒカリの姿に、泣きそうになったりなんかして。



訳が分からない。




あたしは一体どうして今、こんなに胸が痛くなってるのか・・・・・・。




なんだかいつもの自分ではいられなくなりそうな気がして、急に怖くなった。




本当にあたし、どうしちゃったんだろう?




「・・・・・・・あ」




ふと気が付いたら、ただ歩き続けていたあたしの周りには、いつのまにか誰もいなくなってしまっていた。




そして、逃げてきた後ろめたさや淋しさに、視線を足元に向けていたあたしは、それを見て思わず立ち止まった。




「・・・・・」




それは、足元いっぱい散らばるピンク色の桜の花びら。




まるで道をうめつくすように足元にとめどなく広がる花びらは、

どれもハートの形をしていた。




“桜ってさ、なんかハートみたいだよな。”




「・・・・・本当、ハートみたいね。」




桜の花びらにつられて、幼いサトシの笑顔を思い出したあたしは思わずクスりと微笑んだ。




忘れてなんてない。




あれは暖かい春の日のことだった。



満開の桜の木の下で、サトシはあたしに優しく笑いかけながら言った。




『桜ってさ、なんかハートみたいだよな。』





無邪気に笑うサトシに、あたしは舞い落ちる桜の花びらに触れながら、別の言葉を考えていた。




淡いピンクの桜は、とても綺麗だけれど、その姿はあまりに朧げで

――儚い。




満開のときなどあっという間の瞬間のことで、咲き誇る時間はあっという間に過ぎ去ってしまう。




それは止められない、時間の流れ。




『ほら、見てみろよカスミ。』




その桜を背にして笑うサトシまでもが、その時あたしにはすごく儚く見えた。




舞い散る花びらの中、淡い桜の花を見て、

無邪気にはしゃぐサトシが愛しくて、

閉じ込めてしまいたいと思った。




もうこの景色まるごと、このまま止まってくれればいいのにって、
本気で願った、もう何年も前の春の入口。




『なぁ、カスミもそう思うだろ?』




『・・・・そうね。言われてみれば、そう見えるかもね。』




思い返してみれば、

あの日のこと、あの頃のことを、

あたしは今でも鮮明に覚えていた。




むしろサトシと会わなくなってから、思い出す回数が増えて、思い出は鮮明さを増していった気がする。




思い出すきっかけなんて、昔はそこら中に溢れていたから―・・・・




買い物をしてるときとか、テレビを観ているときとか、お風呂に入っているときとか。




あらゆる場所で、以前のあたしは不意にサトシを思い出しては、
今はどこで何をしているのかと、そんな事ばかり考えていた。




それでも、

目まぐるしいほどに時は流れていき、
何度も季節は移り変わっていく内に、次第に色褪せていった思い出たち。




周りの景色が色を変えていくように、あたしも少しずつ変わっていった。




サトシのことだって、もう思い出す日なんてどんどん少なくなってた。




―――だけど・・・・・




淡いピンクの花が咲くこの季節だけは、やって来る度に少しだけサトシを思い出した。




思い出すのと一緒に、胸が切なくなった。




だって、あの日あたしは―――・・・・・




サトシに“好き”だと伝えることが出来なかったから。




たった一言、たったのその二文字が、あたしには言えなかったんだ。




言いたいのに、言えなくて、

黙って、サトシの横顔を見ながら

ぎゅっと握りしめた手の平の感触を、あたしは今でも覚えてる。




どうしても伝えたかった、あたしの気持ち。




もう忘れたと思っていたその想いがサトシに会った瞬間、また溢れ出してしまったこと、本当はサトシが帰ってきたと聞いた時から、こうなると分かっていた気がする。




・・・・・だけど




・・・だけどもう、遅いのよね。




この想いは、胸の中に収めるしかないんだ。




あの時と同じように。




――春の風があたしの伸びた髪を揺らす。




風に吹き付けられた花びらが枝から離れ空を舞う。




舞った花びらの形は、確かにハートに見えた。




その花びらを掴もうと伸ばした右手は、虚しく空を舞っただけだった。



頭の中を、口にできなかった言葉が巡る。




『ねぇ、あのね?』




あたし、サトシのことが―――・・・・・




「何してるんだ?」




不意に掛けられた声に、呆然と立ち尽くしていたあたしが振り返るとそこには




サトシが立っていた。




to be continued




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