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月への旅路



今なら分かるんだ。



俺たちが今こうして一緒にいるのは
本当は奇跡でもなんでもないっていうこと。



だってこの先も一緒にいられる保証は、どこにもないのだから。



なぁカスミ・・・



今、どこにいる?









「ねぇサトシ知ってた?
ロケットってね、発射するときの角度が少しでもズレると月に辿り着けないんだって。」


「へぇー」


「それってほんのちょっとでもダメなのかな?どう思う?」


「そうだなぁ・・まぁ月に行くには宇宙まで出るってことだから、出発点がちょっとズレただけでも致命的なんじゃないか?」


「んー・・そうなのかなぁ?」


「ほら、バスケのシュートと同じだろ。手元がちょっとズレたら入らないじゃん。
それが些細なズレだったとしても、ゴールに近づく頃には大きく外れてるってこともあるし。」


「あ、なるほど。そう考えると分かりやすいわね!」


「だろ?」


「最初聞いた時は信じられなかったんだけど・・。そっか、確かにそうだよね。」



納得したように頷くカスミの横顔がテレビの光に照らされている。



俺はベッドの上で肘をついて横になっていて、カスミはソファでテレビを見ていた。



いつもみたいに他愛もない会話をして過ごす夜。



それはいつもの日常の風景だった。



・・・その翌日の昼過ぎ。



俺は1人ベッドの上で途方にくれて転がっていた。



「・・・・はぁ」



ーーーカスミとひどい喧嘩をした。



念願のポケモンマスターになり、旅を終えてカントーに帰ってきて


遠距離恋愛を経て、何とか2人で同棲を始めて3ヶ月でなんでこんな・・・。



朝は美味しくご飯を食べて、カスミが洗濯物を干してくれてーーー・・



『サトシ、来て』


『んー?』


『ほらあそこ。』



カスミに呼ばれて太陽の光が降り注ぐベランダに出て、眩しさから目を細めた先。



『あの公園、たんぽぽがいっぱい咲いてるの。』


『本当だ。今度行ってみようぜ。』


『うんっ』


『あ、カスミ。髪にたんぽぽの綿毛がついてる。』


『わ、すごい。ここまで飛んでくるんだー。』



手のひらにのせてやった綿毛を見て、カスミは穏やかな顔で笑っていた。



ーーーなんで喧嘩したのか覚えてない。



たぶん、きっとそれくらい些細なことだった。



怒って家を飛び出して行ったカスミ。



少し経っても戻らなくて、俺もカスミを探しに外に出た。



さっき見ていた公園に行って


カスミが好きそうな近くの河原まで走って


カスミが好きそうなカフェも覗いて


ハナダジムにいるお姉さんに電話で確認して


それでもカスミはどこにもいなくて



ーーーそこで初めて気が付いた。



「・・・カスミが行きそうな場所、もう俺わかんないや・・・」



昔だったら全然分かった。

どこにいるのか迷ったこともなかった。



拗ねていたり落ち込んだりしていたカスミを、いつも俺が一番最初に探し当てることができた。



見つけたときの、俺を見た瞬間にホッとするカスミの顔を見たくて、必ず俺が探し出した。



なのにいつから。

いつからだったんだろう。

いつの間に俺はわからなくなっていたんだろう。


俺、もう今はカスミを一番に見つけてあげられないんだーー・・



途方に暮れて家に帰ってもカスミは戻っていなくて、俺はベッドに倒れるように横になった。



静かな部屋にいても心許なくて、なのに何も出来なくて、突然俺たち2人の関係がとてももろいものに思えた。



俺たちは大丈夫だって信じている。

でもちょっとのズレで大きく外れてしまうことだってある。

そしたら俺たちはどこにも辿り着けない。

先が見えない未来なんて、その行く末は考えたくもない。



携帯を開いてみる。


何度も電話をかけたのに、未だカスミからの連絡はない。



そんなに怒らせてしまったのか。

このまま戻ってこなかったらどうしよう。

もう会えなかったらどうしよう。



最後の手段。
携帯を取り出して、カスミ宛にメールを書いた。





カスミ


ごめん。
俺カスミの行きそうな場所が分かんないよ。


俺と離れてた間に、
カスミが見つけたカスミの好きな場所、俺わかんない。
まだ知らない。


前と違って迎えに行けない。
ごめんな。


だから昼飯作って家で待ってるな。
ただいまって言って帰ってきて。





メールを送信して、しばらくの間ベランダの外をぼんやりと眺めていた。



生まれ育った故郷の空の下が、こんなにもよそよそしくて俺から遠い。



たとえ月に辿り着けなくても、2人で月よりももっと遠くに辿り着けたらそれでいいんだ。



2人一緒になんてなんの保証もないけれど。

もろくて不確かな未来でも、カスミとなら賭けてみたい。



・・・やっぱり行こう。

手当たり次第どこでも行ってみよう。



そう思い立ち上がった俺に、ガチャンと鍵を開ける音が聞こえた。



思わず廊下へと飛び出す。



「カスミ・・・」



バツが悪そうな顔で、カスミが下を向いて立っていた。



「・・ただいま。」



服の裾を掴んで、少しふて腐れた声がハッキリと聞こえた。



それを聞いて、笑みがこぼれた。



「おかえりカスミ。
今から昼飯作るけど、何食べたい?」



奇跡でも何でもないこの時間を、この先も一緒に重ねていけるだろうか。



カスミと一緒に進んでいけるなら目指すのは月じゃなくってもかまわない。



俺たちしか知らない場所に、いつか2人で。




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