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Reservation



もう少し先でいい。



まだもう少し先でいい。



そんな風に過ごしているうちに随分と時は経っていて、気付けば18歳の誕生日を通り過ぎていた。



曖昧なまま何年も先延ばしにしてきて、今更どのツラ下げてって思うんだけど・・・



どうか頼む。


最後に一つだけ


俺のわがままを受け止めてほしいんだ。












「あっちぃー・・・・」



ジリジリと照りつける太陽にだらだらと汗が流れ落ちていく。



こんなことなら水でも何でもいいから買っておけば良かったと後悔しているが、今更買いに行く気にはなれない。



時計を見ながら汗を拭う。



待ち合わせまであと30分か。
そろそろかな・・・。



ちょうどガチャガチャとドアの向こうから音が響いて、もたれていた壁から体を離した。



「よっ」


「うわっ。え?サトシ?」



出てきたカスミに声をかけると、カスミは一瞬ビクりとしてから目を丸くして俺を見た。



「ハハっ。もっと可愛い驚き方しろよな。」


「どうしたの?そっちまで迎えに行こうと思ってたのに。」


「だろうなと思って先に来た。」



クスクスと笑う俺に、カスミは首を傾げた。



「それならチャイム鳴らせばよかったじゃない。帰って来たばかりで疲れてるでしょ?」



そう言いながらハンカチを取り出して、俺のおでこに押し当ててくれる。



「こんなに汗かいて・・熱中症にでもなったらどうするのよ。」



そのハンカチを受け取って、カスミの手に俺は自分の手を重ねた。



「もう出て来るかなーと思ったんだよ。あっちぃーな今日。」


「もう・・。早く家に入りましょ。」



俺の手を握り返して、引っ張って行くカスミにつれられて玄関へと入った。



「おじゃましまーす。」


「どうぞ。」


「あれ?お姉さんたちは?」


「今日はジムも休みにして出掛けてるわ。」


「ふーん。」


「全く・・。あの人たち本当にジムリーダーの自覚あるのかしらね。」


「まぁ、たまにはいいんじゃないか?お前が休まなさすぎたんだって。1日くらい休めって言っても休まないし。」


「当然よ。バッチを持っている者として責任があるんだから。
・・まぁもう何を言っても、お姉ちゃんたちに任せるしかないんだけど。」



階段を上がり角を曲がればカスミの部屋がある。



帰って来るたび上がらせてもらった家は、どれだけ時間があいても久しぶりな感じがしない。



「どうぞ。」



だけどドアを開けた先に見えた部屋は、前に見たときとは全然違っていた。



「なんか随分殺風景になったなぁ・・」


「もう来月だもの。あ、すぐクーラー入れるわね。」



積み重なったダンボールを見ながら、ポツンと置かれているテーブルの側に腰を下ろす。



「サトシも早めに準備しないと、後が大変だよ?」


「あー・・そうだな。
まぁまだいつ出発するか正確には決めてねぇけど。ていうか、その時は手伝ってくれよ。」


「嫌ですー。」


「だろうな。そう言うと思った。」



クスクスと笑い合い、涼しい風が首元に吹いて来て、その心地よさにようやく一息ついた。



ーーーカスミは、水の特性を持つポケモンの生態や海洋学についてもっと知識を深めるために、秋から専門の大学に通うことになっている。



大学に専念するため、ジムリーダーを一旦離れると同時に、家を出て一人暮らしをすることに決めたらしい。



俺はまたピカチュウだけを連れて新しい地方に旅に出る予定で、今は束の間の休息をとっている。



それぞれ秋から、新しい生活が始まろうとしている。



これまで何度も旅に出て、カントーに戻ってきては母さんやポケモンたち、オーキド博士に再会し、そこにカスミがいなければハナダジムを訪れる。



それをずっと繰り返してきた。



だけど、繰り返す中でも何かは確実に変わっていく。



いいことも、悪いことも然りだ。



俺は旅を重ねる度に、昔よりもカントーに戻ってくる頻度がかなり減ってしまった。



距離がどんどんと遠くなっているから仕方のないことではあるんだけど、そんな状況にぽっかりと穴が空いたような感覚と一緒に、どこか歯痒く感じてしまうことがある。



そして、年月を重ねて行く内に、気づけばカントーに戻れば母さんやオーキド博士よりも先に、カスミに会いに行くようになった。



最初は自分でもなぜだかよく分からなかったけど、とにかく早く会いたいと気持ちが募って、それが好きだということだと自覚するのにそう時間はかからなかった。



それにカスミも、俺が帰ってくるときは必ず待っていてくれて、俺との時間を作ってくれた。



そして・・・いつからか俺たちは手を繋ぐようになった。



ただの友達でも、恋人でもない。


好きだと言ったことも、言われたこともない。


それでもお互いの気持ちは十分分かっていた。


でもまだ旅を続ける内はこのままでいいと思ってた。


曖昧な関係をふみだすのはもう少し先でいい、何年もそうやって先延ばしにしてきた。


だけどカスミにはカスミの人生があって、時間は知らない間にどんどん流れて行く。


そして、ふと考えるようになった。



“今の俺たちの関係はなんだろう?”



そう何度も考えたとき、俺の中で答えは一つしかなかった。



この先一生変わることのない答え。



いくつになってもわがままな俺は、あれこれ考える前に賭けに出ることにした。



ズボンのポケットに触れ、それの存在を確かめる。



・・・やるっきゃねぇだろ。



「サトシ、飲み物とってくるからちょっと待ってて。」


「いや、いいよ。この後どうせすぐ遊びに出るんだしな。」


「でも、」


「それよりあれだ。
えー・・・っと、話でもしようぜ?」



いきなり切り出した俺に、カスミはキョトンとした顔をする。



「分かった」



そして、俺の隣に腰を下ろした。





チクタクチクタク。


チクタクチクタク。





時計の針の音が部屋に響く。


覚悟してここに来たはずなのに口が重くて開かない。



「あの、サトシ・・・」


「・・・はい」


「もう10分経ったんだけど。」



ため息をつくカスミと、ギクリと肩が揺れる俺。



「話をするんじゃなかったの?」


「・・うるさいなぁ。」



カスミの呆れた声を聞いて、ようやく手を動かした。



「サトシ、大丈夫?」



ゴソゴソとポケットに手を突っ込む俺を見上げるカスミ。



・・・大丈夫なわけないだろ。そんな顔で見るなっつの。



「カスミ、今いくつ?」


「18・・。」


「だよな。俺も18になった。」


「知ってるけど・・。それがどうかしたの?」


「お前には、たくさん世話になったと思ってる。
今こうやって一緒に居られることも含めて全部だ。
・・・でもごめん。」


「・・・サトシ?」


「もうこのまま一緒にはいられない。」



沈黙が走る。


カスミが小さく息を飲んだのが分かった。


俺は覚悟を決めて続ける。



「俺、俺のポケモン達が好きだ。
一緒に成長してきたから。

タケシやヒカリ達も好きだ。
ずっと大切にしたい仲間だと思ってる。

今までバトルしてきた奴らも好きだ。
いろんな恩がある。

けど。」



ふぅ、と息を吐く。



「カスミは・・・好きだけじゃ足りない。
・・・愛してるんだ。」



カスミが大きく目を見開く。


口にした瞬間、気恥ずかしさよりも長年重ねてきた自分の気持ちにあまりにもしっくりきて、自分でも驚いた。



「俺は旅に出て相変わらずずっと傍にいられないし、カスミも新しい生活が始まるし、このままの関係じゃもう嫌なんだ。
でもまだ18だし、たいそうなことは言えないから・・・」



“それ”を取り出して、カスミの手を取る。



そしてゆっくりと、その細い指に嵌めた。



「カスミの左手のここ、俺に予約させてくれないか?・・・」



俺の“わがまま”が、カスミの薬指に収まって、キラキラと光っている。



今すぐ結婚することも、旅を止めることも出来ないけど


この先の将来もずっとカスミの隣を予約したいという、俺の最大のわがまま。


カスミを誰にも渡したくないという、どうしようもない俺のわがままな独占欲。



恋人らしいことなんて何一つしてあげられない俺だから、本当はカスミの手を離してあげるのがカスミのためだって分かってる。



でもいくら考えても、そんなこと耐えられそうもなかった。



告白と同時にこんなこと言うなんて自分勝手だと本気で思う。



でも俺の気持ちは一生変わることはないだろうから、これしかないと思った。



カスミ。


わがままを押し通す俺を許して。


こんなわがままは最後にするから。


頼む・・。どうか受け取ってほしい。



カスミは指輪を見たまま固まってしまって、反応が全く見えない。



「・・・カスミ?」



そっと伺うように、カスミの顔を覗き込む。



俺の目に映ったのは、真っ赤に染まったカスミの涙で濡れた顔。



どういう反応をするかといろいろ想像してはいたけど、昔からカスミの涙に弱い俺はビクリと肩を揺らしてしまった。



「ずるい・・。
ずるいよサトシ。」


「え・・?」


「卑怯だよそんな・・
そんな言葉一体どこで覚えてきたの。
こんな・・もう・・っ」



泣きながら、優しく薬指の指輪に触れているカスミを見て、こらえきれずに手を伸ばした。



ぐいっと腕の中に引き寄せたときには、俺の口元は緩みきっていた。



「なぁ、返事は?」



そんな俺の顔を見上げたカスミは、涙をポロポロ流しながら少しだけふて腐れたように目を細めた。



「・・・サトシは、」


「ん?」


「サトシはしてやったりだと思ってるんでしょうけど。
・・・あたしだってあるんだよ。」


「何が?」



何のことかと眉を寄せる俺に、カスミは涙をぬぐいながらニッといたずらな顔をして笑った。



「2DK、3階の角部屋。」


「ん?」


「築5年で、大学と、帰ってくる時にサトシが使うリニアの駅の、ちょうど真ん中くらいにある、光のいっぱい入る温かい部屋だよ。」


「・・カスミ?」



カスミがポケットから、カチャと鍵を取り出して俺に見せる。


そこには、“2つ”の鍵が揺れていた。



「今度帰ってきたら、ただいまって言って帰ってきてくれない?
そしていつか・・・一緒に暮らそう?」



今度は俺が固まる番だった。



その言葉を飲み込むまでに数秒かかって、ガバッと思い切り抱きしめた。



「サト・・」


「見るな。こんな顔見せられない・・」


「さっきあたしの顔は見たくせに。
・・ねぇサトシ。返事は?」


「・・くっそー」



してやられたと悔しがる俺に、カスミがクスクスと楽しそうに笑っている。



やっぱり、カスミには敵わない。

だからこそ、手放せない。



「ねぇ、やっぱり飲み物持ってくるね。」


「なんで?甘いもの食べに行きたいんじゃなかったのか?」


「そうなんだけど、それはまた今度がいい。
あたし動きたくなくなっちゃった。」


「なんだそりゃ。
・・なぁ、まだカスミの気持ちちゃんと聞いてないんだけど。」


「もう言ったじゃない。」


「ハッキリとは言ってないだろ。
なぁ〜返事は〜?」


「しつこいわねぇ・・。・・好きよ。」


「んー?なんて?」


「もう絶対荷物の準備手伝わない。」


「すいませんでした。」



顔を見合わせて笑い合って、カスミは飲み物取ってくると席を立って、ドアの前で立ち止まった。



「サトシ」


「ん?なに?」


「・・あたしも、愛してる。」



カスミは顔を見せずにそう言って、目を丸くした俺を置いて急いで部屋を出て行った。



「・・あいつ、本当ズリぃ・・」



ズルズルと背中が床に滑り落ちていく。



首まで真っ赤になって口元を手で覆い、視線をやった先。



机に置かれた鍵を見たら、頬が緩まずにはいられなかった。



いつかこの鍵を毎日使うその日々を夢見てーーー・・





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